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Music Synopsis

音楽に思考の補助線を引く Notes on sound, voice, and what remains

続・81プロデュースの個性派声優について考える─少女性、異物性、そして喪失の声

「おいおい、エイベックスや響の役者を論じたいがために、81プロデュースを持ち出すな」。そう思う人もいるだろう。

しかし、創立45周年を迎えた81プロデュースが、これまで所属・輩出してきた役者たちの演技を振り返ると、世代も声質も異なる彼らのあいだに、ある種の「81らしさ」が見えてくる。

例えば、間宮くるみや加藤英美里が得意としてきた人外・マスコットの演技には、可愛らしい声のまま、人間とは異なる身体感覚や知性を成立させる技術がある。そうした資質は、響所属の遠野ひかるにも強く感じられる。

一方、エイベックス所属の安済知佳が見せる、人物の感情が次第に崩れていく芝居には、上田麗奈の演技と比較したくなるだけの特殊性がある。そして、現在の81には永瀬アンナがいる。闊達な少女性を声に残しながら、喪失の予感を抱えた人物を演じられる彼女は、遠野とも安済とも異なる位置にいる。

こうした比較を通じて、81という事務所が長年にわたり育んできた演技巧者の特徴と、その特徴が他事務所の役者にも認められる理由を考えてみたい。

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木皿陽平からたどるLantisとその周辺――キャラクター音楽文化の形成期

『ユメヲカケル!』に、とりわけ好きな歌唱部分がある。

ユメヲカケル!

ユメヲカケル!

  • スペシャルウィーク (CV. 和氣あず未), サイレンススズカ (CV. 高野麻里佳), トウカイテイオー (CV. Machico), ウオッカ (CV. 大橋彩香), ダイワスカーレット (CV. 木村千咲), ゴールドシップ (CV. 上田 瞳) & メジロマックイーン (CV. 大西沙織)
  • アニメ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

メジロマックイーン役の大西沙織がソロで歌う、

約束したね あの日 かけがいのない勝負を

という一節だ。

数秒にも満たないパートだが、ここでは大西沙織の持つ気品のある声質がひどく濃厚に響く。アイム声(アイムエンタープライズ)の中でも、声質としてはかなり上位(上品)だと思っているというのは*1当然あるが、『ウマ娘 プリティーダービー』という作品には、こうした「この声優が、このキャラクターとして、このフレーズを歌うからこそ良い」という瞬間が大量に存在している。現在、この種の快楽を最大規模で供給しているコンテンツの一つが『ウマ娘』だろう。

では、そもそもこうした文化はどこから来たのか。

声優がキャラクターとして歌う。楽曲が作品の外へ持ち出される。CDとして発売され、ライブではその声を担当する本人がステージに立つ。さらにレーベルやプロデューサーが、その歌唱を作品そのものの成長へ組み込んでいく。

声優×コンテンツ×楽曲×レーベル。

現在では当然のように見えるこの関係は、いつ頃から、誰によって方法論として育てられてきたのだろうか。

今回はそこから始めたい。

まず取り上げるのは、2010年代の方向性を決定づけた立役者の一人である。

木皿陽平。

*1:アイム声についても色々ありますけど

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Contributions & Translations|寄稿・翻訳・外部参照実績

rino名義で発表した批評・論考のうち、同人批評誌への寄稿、海外媒体での翻訳掲載、外部媒体における参照・引用実績をまとめています。

2023年より文学フリマ東京を中心に批評同人誌への寄稿を継続。アニメーションの映像表現と音響、音楽文化、SF、造形美術などを主題とした論考を発表しています。

 

Ⅰ. 翻訳・海外掲載

2025年|平沢進論の中国語翻訳

原著: 『平沢進楽曲の超現実的光景の源流を多角的視点で徹底解説』

中国語題: 「从多角度全面解读平泽进超现实音乐奇观的起源(上)」

2025年、平沢進の音楽的世界観を音楽史・SF・映画などの視点から考察した長編評論が、中国語に翻訳され、中国語圏の知識共有プラットフォーム「知乎」とカルチャーメディア「机核 GCORES」に掲載されました。

翻訳は著者の許諾を得て行われたものです。机核掲載版には翻訳者による前書きが付され、原著を中国語圏へ紹介するに至った経緯が記されています。

掲載先:


Ⅱ. 外部媒体での参照・引用

2026年10月16日|Real Sound映画部

掲載記事: 『Ave Mujica』奇跡を劇場に “史上最狂のバンドアニメ”はどこにたどり着いたのか

執筆: 徳田要太

参照対象: 『天球と韻律の星図を描くAve Mujica ─Diggy-MO'の介在性、或いは『PTOLEMY』『GOD SONG』『DIVINE』からみる「天球」のMujica』

参照形態: 本文中での先行論考の紹介・注記※10から原著へのリンク

Diggy-MO'が手がけるAve Mujicaの歌詞とコンセプトを論じる箇所で、拙稿が先行する詳細な論考として紹介されました。

本文では、歌詞の意味論的読解とDiggy-MO'の作家論について既存の研究を参照する形が採られており、注記※10には当ブログの該当記事への直接リンクが掲載されています。

2026年8月28日|Real Sound映画部

掲載記事: 『まどマギ ワルプルギスの廻天』に向けて 狩野英孝の因果律と初見の“感情エネルギー”

執筆: 徳田要太

参照対象: 「シャフトアニメの視覚表現美学の源流──劇団イヌカレーとシュルレアリスムについて」

初出: 『シャフト批評合同誌 もにも〜ど3』(2025年)

参照形態: 本文注記※2および参照文献欄への収録

シャフト作品における劇団イヌカレーの視覚表現に関連し、2025年に『もにも〜ど3』へ寄稿した論考が参照されました。

参照文献欄では、石岡良治「魔法少女たちの舞台装置」(『「超」批評 視覚文化×マンガ』所収)に続いて、拙稿が掲載されています。


Ⅲ. 寄稿・刊行実績

2023年

『もにも〜ど』

  • 発行:もにも〜ど

  • 初出:文学フリマ東京36

  • 寄稿論考:「シャフト演出が音楽と交わる時──物語る前衛音楽と魔法の音の成り立ちについて」

シャフト作品の劇伴と映像演出の関係を扱った論考。以後のシャフト音楽論・映像表現研究につながる初期の寄稿です。

『ボーカロイド文化の現在地』

  • 発行:Async Voice

  • 初出:文学フリマ東京37

  • 寄稿論考:「インターネット文化の源流からボーカロイド文化まで」

インターネット文化の歴史を背景に、ボーカロイド文化の形成と発展を考察した論考。

『外伝 もにも〜ど』

  • 発行:もにも〜ど

  • 初出:文学フリマ東京37

  • 寄稿論考:「『アサルトリリィBOUQUET』のノート──SF、少女小説、シェイクスピア」

『アサルトリリィBOUQUET』を、SF、少女小説、シェイクスピアとの関係から読み解いた作品論。

関連:2023年の寄稿告知① / 寄稿告知②

2024年

『ブラインド vol.2』

  • 発行:ブラインド

  • 初出:文学フリマ東京38

  • 寄稿論考:「『グリッドマン ユニバース』に至るまで──『電光超人グリッドマン』から『SSSS.』シリーズに至るまでの想像力」

『電光超人グリッドマン』からアニメーション版『SSSS.』シリーズ、劇場版に至る作品史を扱った論考。

『試作派』

  • 発行:試作派

  • 初出:文学フリマ東京38

  • 寄稿論考:「成田亨デザインの源流について」

成田亨の造形表現を、その美術的背景とデザインの系譜から検討した論考。

同年には製本版も刊行されています。

『伝承 もにも〜ど2.5』

  • 発行:もにも〜ど

  • 初出:文学フリマ東京39

  • 寄稿論考:「シャフトアニメの視覚表現美学の源流──尾石達也とモダニズム」(第1章)

シャフト作品における尾石達也の映像演出を、モダニズム美術との関係から考察した論考。視覚表現美学の源流を扱う連作の第1章です。

『Binder. vol.3』

  • 発行:Binder.

  • 特集:奈須きのこクロニクル

  • 寄稿論考:「影の幾何学──真アサシンが描く無名性の多面体」

『Fate/stay night』の真アサシンを中心に、人物造形と視覚的な表象を検討した作品論。

関連:2024年の寄稿告知① / 寄稿告知②

2025年

『ブラインド vol.3』

  • 発行:ブラインド

  • 初出:文学フリマ東京40

  • 寄稿論考:「音楽×青春×人間関係──ガールズバンドアニメにおける群像劇について、或いは『響け!』から『トラペジウム』に至る病」

ガールズバンドアニメにおける音楽と人間関係を、複数の作品を通して検討した群像劇論。

『型月研通信 vol.3』

  • 発行:Binder.

  • 初出:文学フリマ東京40

  • 寄稿論考:「蒼崎青子(学生時代)のギターはなぜS-S-S型なのか?」

蒼崎青子のギターの造形を入口に、『魔法使いの夜』における小道具の選択と音楽文化上の意味を考察した論考。

『もにも〜ど3』

  • 発行:もにも〜ど

  • 初出:文学フリマ東京41

  • 寄稿論考:「シャフトアニメの視覚表現美学の源流──劇団イヌカレーとシュルレアリスムについて」(第2章)

劇団イヌカレーの視覚表現を、シュルレアリスム美術との関係から考察した論考。2024年の尾石達也論に続く第2章にあたります。

本論考は、2026年8月28日のReal Sound映画部掲載記事で参照文献として採用されました。

関連:2025年の寄稿告知① / 寄稿告知②

2026年|執筆済み・刊行予定

『もにも〜ど3.5』

  • 発行予定:もにも〜ど

  • 頒布予定:文学フリマ東京43(2026年11月8日)

  • 寄稿予定:梶浦由記・鶴岡陽太の音響表現に関する論考

梶浦由記の劇伴と鶴岡陽太の音響演出を対象とする論考を寄稿予定。

2027年|執筆済み・刊行予定

『もにも〜ど〈ワルプルギスの廻天〉』特集号(仮)

  • 発行予定:もにも〜ど

  • 頒布予定:文学フリマ東京44(2027年5月23日)

  • 寄稿予定:「シャフトアニメの視覚表現美学の源流」(第3章)および新規論考

2024年から継続しているシャフトの視覚表現美学に関する連作の第3章を予定しています。

※2026年・2027年の情報は予定段階のものであり、刊行内容や頒布時期が変更される場合があります。


Ⅳ. 関連資料・頒布情報

寄稿書籍の販売先

過去の寄稿書籍は、BOOTHおよびメロンブックスなどで取り扱われています。在庫・販売状況は各リンク先をご参照ください。

もにも〜ど

その他の寄稿誌

批評同人誌の刊行案内

以下は、発行サークルによる刊行告知および寄稿誌の紹介記事です。

もにも〜ど

その他の寄稿誌


関連ページ

Works|代表記事・評論選集

音楽家の作曲技法や作品史を追う記事から、アニメーションの劇伴と音響、声優の演技、映画やSFの表現へ。これまでに執筆した記事の中から、特にまとまった論考や、継続的な問題意識を持つ連作を紹介します。

主な記事については、内容と位置づけを短く付記しています。


Ⅰ. 主要論考・長編研究

平沢進楽曲の超現実的光景はどこから来たのか─音楽史・SF・映画

【長編研究/10万字超】

平沢進の音楽に現れる独特の世界観を、音楽史、SF文学、映画、映像文化との関係から考察した大規模論考。作曲家の作品史を起点として、その表現を成立させている文化的・思想的背景まで踏み込んだ、当ブログ最大級の研究記事です。

2025年には中国語に翻訳され、知乎および机核 GCORESに掲載されました。

天球と韻律の星図を描くAve Mujica ─Diggy-MO'の介在性

【長編音楽論/10万字超/音楽思想史・神学・虚構バンド】

平沢進論に続く、当ブログ2本目の10万字超の長編評論。

Ave Mujicaの音楽的特異性を、Diggy-MO’の作家史と西洋音楽思想史の双方から考察した大規模論考。SOUL’d OUTからソロ期に至る宇宙論的な楽曲群を起点に、プトレマイオスの天文学、ボエティウスの音楽論、グノーシス主義、ギリシア神話などを参照しながら、『天球のMúsica』『DIVINE』をはじめとする楽曲の思想的背景を読み解いています。

さらに、虚構アーティストの系譜や声優による演奏・歌唱表現にも着目。2025年11月の初稿公開以降、新曲に応じた考察を継続的に追記している、当ブログを代表する音楽評論の一つです。

関連:Diggy-MO'サウンドの天球譚──宇宙観楽曲プレイリスト

シャフト演出が音楽と交わるとき──物語る前衛音楽と魔法の音の成り立ちについて

【アニメーション研究/劇伴・映像演出】

〈物語〉シリーズを中心に、シャフト作品における劇伴の機能を検討した論考。楽曲の構成や引用、映像と音楽の配置に着目し、場面の意味や観客の認識が音楽によってどのように変化するのかを追います。

同人批評誌『もにも〜ど』Vol.1への寄稿原稿をもとに、後年の作品を踏まえた改稿を加えたものです。

菅野よう子の音楽世界の魅力

【音楽家研究/共作・約7万字】

菅野よう子の多彩な作曲活動と音楽的な魅力を、代表作から幅広くたどる長編評論。楽曲ごとの特徴を検討することで、映画、アニメーション、その他の媒体で異なる表情を見せる作家性を考えます。

菅野よう子愛好家のλ氏(@infinity_drums)との共作。全体約7万字のうち、約2万字を寄稿いただいています。

木皿陽平からたどるLantisとその周辺──キャラクター音楽文化の形成期

【音楽産業史/プロデューサー研究】

『ラブライブ!』から『ウマ娘 プリティーダービー』へ。木皿陽平の経歴を追いながら、2000年代以降のキャラクター音楽文化がどのように成立したのかを考察します。

楽曲そのものに加え、音楽プロデューサーが作品と演者の関係をどのように設計してきたかを扱った産業史的な論考です。


Ⅱ. 声優論・演技研究

声優論三部作──声を音・言語・演技から考える

2025年3月から5月にかけて執筆した三部作。若山詩音と羊宮妃那の演技を出発点に、「声=音」という着眼点から声優表現を考察し、最終的には「表音・表意・表義」という独自の分類法へ到達しました。

  1. 劇伴・声・音──若山詩音・羊宮妃那という座標
    2020年代の声優表現において、若山詩音と羊宮妃那がどのような位置を占めるのかを考えた出発点となる記事。

  2. 声=音=言語=演技の交点|羊宮妃那論
    羊宮妃那の演技を軸に、声の音響的な性質が人物の印象や意味の受け取り方にどう作用するのかを検討した論考。

  3. 表音・表意・表義──声から音・音から言語・言語から意味
    声優の演技を分類するための独自の枠組みを提示した理論篇。以後の演技論やキャスティング論の基礎となっています。

最善と大義の声 ─ 櫻井孝宏という語りの重心

【俳優研究/語り手・思想・演技】

櫻井孝宏の出演作を通して、「語り手」としての演技の特質を考察した声優論。諧謔や距離感によって場を制御する人物と、善悪や大義をめぐる対話を担う人物を取り上げ、キャラクターの思想と発話の関係を読み解いています。

声優個人のキャリアを、複数の作品を通して研究した代表的な記事です。

81プロデュース論──声優事務所と演技の系譜

個別声優論

結川あさきにご用心|中性声、その帯域と可能性

結川あさきの中性的な声質に着目し、『トラペジウム』などの演技・歌唱を通して、その音響的な位置と表現上の特質を考察した人物論。

羊宮妃那をめぐる冒険 ──迷える羊の声をたどる

羊宮妃那について継続的に執筆してきた過程を振り返り、出演作と演技上の特徴を再検討した記事。先の声優論三部作と合わせて読むことで、着眼点の変化を追えます。


Ⅲ. アニメーション・劇伴・音響演出

MyGO!!!!!とAve Mujicaが音楽的に面白い理由──声優表現と構造の極地

【ガールズバンド音楽論】

MyGO!!!!!における羊宮妃那の歌唱表現と、Ave Mujicaにおける演奏技術・楽器編成・演者の専門性に着目した記事。キャラクター音楽とリアルバンドの関係を、実際の楽曲や奏者の経歴から考察しています。

以後のMyGO!!!!!/Ave Mujica論と声優論へ発展する出発点となった論考です。

『春日影』という音楽の蝕─MyGO!!!!!とCRYCHICの断絶構造

【楽曲批評/作品内制度・物語】

同じ楽曲がCRYCHICとMyGO!!!!!で演奏されるとき、何が失われ、何が変化するのか。劇中での『春日影』の役割から、ライブ、広告展開に至るまで、その楽曲が背負う意味の変化を考察した作品論です。

ガールズバンドアニメと音の関係──『ガールズバンドクライ』劇伴の意義

【サウンドトラック批評】

楽曲が前面に出るガールズバンドアニメにおいて、劇伴は何を担うのか。サウンドトラックとして公開された音源から、映像作品の内部で聞き落としていた音楽の働きを考察しています。

牛尾憲輔はどこで跳べるのか ─『懐玉/玉折』『ダンダダン』『レゼ篇』を結ぶ音楽・音響・声の条件

【映画音響論/作曲家研究】

牛尾憲輔の劇伴が劇場版『チェンソーマン レゼ篇』でどのように機能したのかを、名倉靖の音響設計と上田麗奈の演技を踏まえて考察します。音楽作品としてのサウンドトラックの完成度にも着目した評論です。

死亡遊戯に咲く音 ─『おおかみこどもの雨と雪』からBotanicaへ、あるいは音楽が風景になるとき

【現代音楽論/環境音楽・映像演出】

『死亡遊戯で飯を食う。』のオープニングを起点に、Botanica、Porter Robinson、高木正勝の音楽を考察。環境音楽的な質感がアニメーションの風景や世界の感触に与える作用を読み解きます。

yuma yamaguchiの台頭──CWFから『时光代理人』、そして『さよならララ』へ

【作曲家研究/アニメーション音楽】

CWF周辺での制作歴から中国アニメ『时光代理人』への参加、日本のアニメ劇伴へと進むyuma yamaguchiの仕事を追った小論。個々の音源から作曲家のキャリアの展開を考察しています。

2020年代における「声」の象徴性──若山詩音・黒沢ともよ、『アークナイツ』シリーズと『ワルプルギスの廻天』のあいだ

【声優論/キャスティングと時代性】

役者の声が、配役発表の時点でどのような人物像を観客に予感させるのか。若山詩音と黒沢ともよを中心に、2020年代における声優の象徴性とキャリアの関係を考察した記事です。


Ⅳ. 音楽家研究・音楽文化史

小林武史のプロデュース作品ベスト10

【プロデューサー研究/音楽作品選】

小林武史のプロデュース作品から代表的な楽曲を選び、音楽制作上の個性を紹介した記事。選曲を通して作家性を論じる初期の音楽評論です。

supercell楽曲群の歴史と魅力を解説

【インターネット音楽史/作曲家研究】

ryo(supercell)のボーカロイド期からその後の活動までを、楽曲単位で紹介・評価した記事。2000年代後半のネット音楽文化とメジャー音楽シーンの関係を考える入口にもなります。

関連:EGOIST時代のryo(supercell)楽曲の魅力について

久石譲の音楽の魅力──ミニマルミュージック・クラシックの視点から

【作曲家研究/現代音楽・映画音楽】

久石譲の音楽を、ミニマルミュージックやクラシックの作曲技法から考察した記事。映画音楽の名曲と、作曲家としての技法や音楽的背景の関係を検討します。

伊福部昭の特撮音楽に隠された作家性と純音楽

【作曲家研究/日本の現代音楽】

『ゴジラ』で知られる伊福部昭を、純音楽の作曲家として捉え直した論考。特撮映画の楽曲と、その背後にある作曲技法や音楽史上の位置を検討しています。

中国語ポップの現在地──マンドポップとVsingerから見る声調性・表音・字義

【海外音楽文化/言語と音楽】

中国語圏のポップスやVsingerを入口に、声調、漢字の字義、歌唱の関係を扱った音楽案内。日本語圏のリスナーが中国語楽曲を聴く際の感覚にも着目しています。


Ⅴ. 映画・SF・キャスティング・資料

DUNE/砂の惑星とヴィルヌーヴ映画

【SF文学/映画史・翻案】

フランク・ハーバート『デューン』とドゥニ・ヴィルヌーヴの映画を起点に、SF文学が後続の映像文化へ与えた影響を考察した記事。

『DUNE MESSIAH』という作品について──あるいは、なぜスキュタレーは櫻井孝宏でなければならないのか

【映画論/公開前のキャスティング考察】

『デューン 砂漠の救世主』の人物造形を踏まえ、スキュタレーの日本語吹替を検討した私論。映画版の撮影監督交代や音楽表現にも言及し、原作の性質が映像化にどう影響するかを考えます。

表音・表意・表義で考える──アニメ『LIAR GAME』キャスティング私論

【キャスティング論/理論の応用】

『表音・表意・表義』で提示した分類を、漫画原作のアニメ化における配役へ適用した記事。登場人物が物語の中で担う役割から、どのような声と演技が必要になるかを検討します。

【データベース】HYPERGRYPH/HoYoverse作品の日本語音響・音声史

【調査資料/ゲーム音響・キャスト】

『アークナイツ』およびHoYoverse作品を中心に、日本語音響制作の担当会社と主要キャストを整理したデータベース。個別の作品批評に加え、制作体制を調べる際の参照資料として位置づけています。


そのほかの記事についてはArchive(記事一覧)からご覧いただけます。

翻訳、同人誌への寄稿、外部媒体での参照実績はContributions & Translationsにまとめています。

『DUNE MESSIAH』という作品について──あるいは、なぜスキュタレーは櫻井孝宏でなければならないのか

『DUNE』の話をするのは実は2回目、というくらい愛着を持っている作品なので、今回は『MESSIAH』公開記念に、今作から出るロバート・パティンソンの吹き替えが出ていない今、「なぜ、櫻井さんでなければならないのか」という話をします。後音楽の話しと撮影監督の話など。

思えば、こんなに早く完結する、つまりヴィルヌーヴが当初から予定していた『救世主』まで撮り切るとは、全然思っていませんでした。5年で3本は普通のシリーズものとしても早すぎる。しかも連撮りですらないのだから余計。

少しだけ前の記事の繰り返しになりますが、他のトリロジーや分割ものには、相対的に見れば「映像化すれば明確に集客できる」だけの明るさがあります。ところが『DUNE』はそうではなかった。伝説となったホドロフスキーの12時間構想から、デヴィッド・リンチ版、テレビ版まで、あらゆる方向性から映像化が模索されてきた。それでも長いあいだ、「これが決定版だ」と呼べる映像化にはついぞ到達できなかった。もちろんリンチ版には、当時として到達したものがあります。

そして皮肉なことに、その間は『DUNE』そのものより、『DUNE』フォロワーの方が成功し続けた時代でもありました。『スター・ウォーズ』(一九七七年)しかり、『風の谷のナウシカ』(一九八二年〜一九九四年)しかり、『Game of Thrones』もそうです。

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