Music Synopsis

音楽に思考の補助線を引く

【宣伝】シャフト批評合同誌「もにも〜ど」に音楽論を寄稿しました。

2023年5月21日に開催される文学フリマ東京36の第二展示場 Fホール  |  か-67にて設営されるサークル「もにも〜ど」にて販売されるシャフト批評合同誌に音楽論を寄稿しました。初寄稿です。合同誌で332ページというのはどうも多いようで、読み応えのある冊子になっていると思いますので、きっと買いに来てくださいね♪(あにもにさん風)

 

 

 

主宰者様は「シャフトの作品が世界で一番好き!」と豪語されているあにもにさん。

この大胆な基調には嘘偽りなく、相当シャフト愛が凄い人です。週末批評というサイトにて掲載されている中で一番レビュー数が多いアニメ論考記事を書いた人でもあります。

worldend-critic.com

twitter.com

 

と、宣伝記事としてはこれだけでいいのですが、ブログを全然更新していなかったので、その分を含め少しばかり今回の寄稿に関してのエピソードを交えて雑談感覚で文章を連ねていこうと思います。つまり宣伝記事という名の雑談話回です。宣伝記事を背景とした雑談という感じでやっていきます。

 

最初にこう書くのも気が引けますが、今回の記事は書き上げた後に読み返したら真面目に書く枷が外れて、色々なネタ入れてるし、謎にテンション上がっています。が、偶にはそういう回もあってもいいなと思い、敢えてそのままで出します。恥ずかしくなったらこっそり修正します。

 

 

 

以下、本編

何故寄稿できたの?どう言う流れなの?実際書いてみてどうだったの?

という話をします。

寄稿に至るまでの流れというか経緯としては恐らく去年出した*1平沢記事

(良い意味でも悪い意味でも怪文書なので覚悟してクリックすべし)

sai96i.hateblo.jp

がきっかけだと思うのですがあの記事を公開して当ブログ史上最大の反響を呼びその余波が広まってまもない頃です。ちょうど賛賛賛賛賛賛賛賛賛否否否否否否くらいの比率で色々感想と反響がある中、賛の側に立ってくださったあにもにさんから凄いという返事をもらい

(こんなにも褒めていただいたのが兎に角嬉しかったですね)

そこから色々とメッセージでやり取りをしていたところ「今同人誌を作っているのだが、音楽論の寄稿をしてもらえないか(意訳)」という話になり、二つ返事で引き受け、去年の年末から5月9日くらいまでずっとそれに取り掛かっていました。かなり遠回しであるが、一応それっぽいことは

sai96i.hateblo.jp

の記事で

と書きながらこの記事を書いている作業BGMはなぜかカラフルだったりコネクトだったりmagiaだったり魔王だったりするわけですよ。いってみればマイブームですね。年に一度くらいはまどマギ12話分を見たくなる時ってあると思うのですがその影を引きずっているとでも書いておきます。シャフトの音楽ってなぜあんなにも魅力的なんでしょうか

と誰もわかるはずもない仄めかし文章を入れたりしていました。

ただ、今回の寄稿記事の肝はある意味この一文に集約されていたのかもしれない。物凄く察しがいい方や、自分の文章の書き方を知っている人であれば、ここからどう言う風な文章を展開したのかが分かるはず。

原稿を脱稿した後にみるとこの時点でああいう原稿になることは決まってたいたなと。

それはさておき

あにもにさんはシャフトオタクと言う意味では自分から見たらアンドロメダ星雲(M31)くらいの距離感がある(つまり相当レベルの高いシャフト愛好家)という認識であり、そんな方からの寄稿依頼だったため、これは全力で応えなければという思いで取り組まなければならない。最初にお話をいただいた時は自分なんかが書いてしまって良いのかという意味で強く困惑しました。果たして上手く書けるだろうか。ただ、一方で自分に声をかけていただけたことが嬉しく、後先考えずに快諾をして原稿を書くに至りました。今のブログのスタイルにして良かったと思うばかりです。

漸く「何か」が報われた気がしました。

とはいえ、シャフト作品の音楽論という与えられたテーマ。主題は決まっているものの、気軽に二つ返事した後の自分の心の中では

シャフトの音楽について映像と絡めて書くってどうすればいいの」という気持ちの一点張り

今回の論考にて取り扱った作品自体(まどマギ物語シリーズ)は流石に10年以上経っている作品であり、特にまどマギはオリジナルアニメとしては大変評判を集めたので、音楽に絡めたネタも考察の一部としては各所に既出しており、その意味では目新しいものはないですが、それらを纏めて「音楽論」という主軸で真面目に書き切った文章はプロアマどちらの領域でも読んだことがないのです。つまり先行者が(ほぼ)いない状態からのスタートなので、その意味では執筆難易度はこれまでで一番高い&それが寄稿案件記事というWセット。

(自分が知らないだけで、例えば外国語圏では展開されているのかもしれないが)

そこからはじゃあどうすればいいのっていう自問自答芸の毎日ですよ。ひたすらホワイトボードにドラマ*2ガリレオ』の湯川学(今は教授になってた気がする)を演じる福山雅治気分で脳内の展開図を書きまくって解法を導くという地味な作業ですよ。bgmもちゃんと『知覚と快楽の螺旋』を流しつつ「実に面白い」と心の中で言いながら。

この例え読者に通じるのかな。

(とはいえ挙げている自分も全然世代ではないのだが)

vs. ~知覚と快楽の螺旋~

vs. ~知覚と快楽の螺旋~

  • 福山 雅治
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 

ただ、それでも難航を極めた。

元々「映像・演出と音楽との関係性について語る」というのは別にシャフトというのは抜きにして一応に難しい。本来、絵と映像の相互性といのは言葉にしたくてできない言葉を、という論理ではなく、本能的にいいという感覚を共有するものだと思うのです。

自分はあまり用いないが「エモい」というのは要はそういうことだと思うのです。言葉では言い表せないけどなんか凄く刺さりましたみたいな意味合い。そう考えるのであれば土台言語化するものではない。が、今回はそこに首を突っ込んだ。それでいうと一番難しいのが鷺巣詩郎エヴァである。昔から「エヴァ」は色々な知識人によって様々な事が沢山語られてきた作品ですが、鷺巣詩郎の音楽性について真面目に語っている人っていないと思うんです。多分これを達成できたら生涯誇れるレベル。

(だからこそ誰かがそれを達成してくれることを望んでいるのですが出ないですね〜)

ならばシャフトの音楽性はそれに次ぐ難しさ。というか「まどマギ」でまさに同じ現象が起きている。

「あのスタジオのことだから独自の舵を切った方向性なんだろうな〜」

という漠然とした感覚しか分からなかった。これだけでした。それについてこれまで真剣考えたこともなかったため(というか端的に言って分からない)、どのような切り口で書けば面白い文章を提供できるのかという点についてはとても悩みました。

これまで考えたこともなかったテーマに対して、どのように活路を見出したかについては原稿にチョロっと書いてあるのでそちらを読んでいただければと思います。

本当にあの手掛かりを見つけられたことは地獄に釈迦が垂らした一本の糸であった。『蜘蛛の糸』(1918年)に沿うならば寄ってたかって罪人達が来る展開を迎え、独りよがりな自分も再度地獄に落ちるはずですが、その糸を見つけられた人物がどうやら自分しかいなかったようで見事地獄から抜け出せたそんなレベルだったので我ながら良い意味で憑いてるなと。

 

以上のように苦労こそしましたが、原稿自体はある時を境にかなり順調に進み、その辺りから書いていてずっと頭の中で「なぜこのネタを思いつけなかったのか」と物凄く後悔する程度には面白いものを書けました。まだ誰も書いていないであろう文章も幾つか書けました。

本稿には不要と判断されたので載ってませんがまだまだ書けることはあるなと。とはいえ残したい文章ほどカットされたのは結構心にきましたね。いい勉強になりました。

そのため、今回の原稿にあたってボツになった文章は没原稿集としてこのブログに全て載せることで供養します。販売される日21日の夜に出します。恐らく全員が読み終わった頃合いで、色々と読み返すタイミングになります。こういう没原稿というのは読者が寄稿文章に対して熱を入れている時に出して読んでもらうのが一番だからです。コーヒーが冷めてしまっては味は低下するのと同じ理屈です。そういえば『コーヒーが冷めない内に』という色々な意味で面白い映画がありましたね。あの作品のキャッチコピーを覚えていますか?「4回泣けます」です。

 

脱稿して一番に感じたこと

論考・寄稿文章には全く向いていない

二度とごめんだというマイナスの意味ではなく、単純に自分には圧倒的に不向きであったということです。薄々分かってはいましたが、元々論考を書けるような高度な脳みそも持ち合わせていないのです。

(PSYCHO-PASSを見るたびにシビュラシステムの200個ぐらいある内の脳みそを一個欲しいなと思います)

今回の場合はブログ記事ではなく、シャフト批評合同誌ということもあり文章・構成ともにビシッと纏まったものを書かないといけない上に、読者層もシャフトガチ勢・アニメ映像ガチ勢という人たちが主要層であり、それすなわち自分の持つ総知識量の2倍は持っている凄い人たちが読むものという印象があったので面白い文章では生ぬるいと思い、超面白い文章を書く努力をしつつ、文章に対する気遣いを相当意識して初稿を書き上げたのですが、それをあにもにさんに校正していただき、返ってきた文章を読むと全く違う文体に生まれ変わっていた時の驚き。自分では絶対書けない文章がそこには展開されていました。ブログではお馴染みの脱線も当然削られており構成も読みやすいように魔改造されていました。

脱線に関して勘違いされやすいので弁明をすると自分としては主題に対して読者が絶対納得するくらいの説得力と面白さを伝えたい熱量があの長大な文を生成するのであって無理に長くしようという気は更々ないです。なので衒学的、冗長などという感想は自由ですが書き手としては全くそういう意図はないので悪しからず。

 

分かりやすいように構成・文章力の能力値を例えるなら自分がボール(RB79)で、あにもにさんがビグ・ザム。そのくらい*3差があるわけです。あまりの変容さに唸ってしまいました。書いてある内容は紛れもなく自分が出力したものであるにも関わらず読みやすさが全く違っていました。なので、普段のブログ記事の文体を知っている人からすれば、とっても読みやすいと思います。あにもにさんが編集してくださったおかげで素晴らしい文章になりました。寄稿実績第一弾にして最高傑作になった感覚があります。デビュー作というほど大それたものではないですが、それに倣うのであればまさしく

「デビュー作が最高傑作」

「デビュー作に全てが詰まっている」

というのを*4体感した気がします。

原稿のおおまかな 変容は

*5初稿(全文rino文章)を5万字ちょいで提出

シャフト音楽論という発想を先に思い付いてればこの5万字をそのままブログに投稿していたことでしょう。どうにかしてこの文章も公開したいが、本稿の関係上で出すのは難しいでしょう。色々考えます。

幻の記事

あにもにさんの校正・修正が加わった段階の第二原稿(3万文字)

そこから更に自分のリライト・追加文章を入れた第三稿(4万文字)

そして再度あにもにさんの文章調整が入った第四稿(3万6000字程度)

脱稿

という形です。

寄稿自体が初めてということもあり、こういう場合の寄稿の文字数の加減が一切分からなかったです。普段ブログにおける平均的な字数が1万字~2万字、時たま5万、9万字という字数を書き上げた自分の感覚からするとそんなには長くない。と個人的には思っていたのですが、色々調べた結果批評寄りの寄稿文章で3万字を超えると多い部類になるそうです。小説だと体裁の関係上、そのくらい普通らしいですが。普段書いている字数長文過ぎて感覚が麻痺しています。今回の合同誌では最多の量になったそうです。つまり一番ページが刷られていると考えるとなんだか緊張しますね。

 

この流れからもわかる通り、文章を書くことは関心のあることであれば音楽に限らずそれなりに以上の量を書くことは出来るが、それらをまとめるのが絶望的に不得意なこともあり、構成力もダメダメであるということ。そして冗長。それが思いっきり現れていて、修正されていく様は自分のダメさ加減が分かって愉快であったのと同時に、だんだんと自分の文章から随分と遠ざかっていった&カットされていき、ダメだ〜と感じたことから「文章寄稿なんて向いてないな」という結論に。

 

隠すようなものでもない書いてしまうが、自分の書き方まず〇〇についてという主題となるアーティストを決めるところから始めるのですが、基本的にそこから先に何を書くのかはほぼノープラン。そこから先は自分でひたすら考え抜いて生成した文章を打ち込むだけです。

 

普通であれば、そこから書き上げる文章の順番というのは1-10という括りで例えるのであれば、順当に1、2、3という形で大項目を積み上げ、自分の考えを披露していく方法をとっている方が大多数だと思うのですが、自分の場合はどうしても先の形で書いているため思考回路がバラバラで1,9,2,5,3,4,10,7,6,8というような形で小さな項目をバラバラに文章を書いて最終的にそれらを統合するケースが大半です。

結果まとめる際に収集がつかなくなって投げやりになるというパターンが常。それでもかなりの人が記事を読んでいただけるのは非常に嬉しい限りなのですが。そんな書き方をする自分にとっては寄稿文章というのはかなりハードルが高かったです。書いている時は楽しいですけど。やっぱりブログで特段なにも気にせずタイプしてるほうが圧倒的に楽だし、自分に向いていると思いました。

 

まぁそんなわけで、そこら辺にいる音楽好きがシャフト批評合同誌に音楽記事を提供したよっていうお知らせ・宣伝記事でした。今回寄稿した文章については、どこかに転用する気は一切ないのでここで買わないと読めない文章になります。

 

内容についてはまぁ読んでくださいとしかいいようがないですが。かなりの自信作です。端的に誰でも書けることは書いてない。その意味では込み入ってます。正直な話自分のリライト・新規文章含め、一切手の入っていない初稿の方が情報量の濃度は高いし、面白いです。ただその分「もにも〜ど」に掲載されている本稿は主題に対して明確な一本線が引かれたうえで論を展開しているので論考としてとては素晴らしい出来になっている(と思います。)

 

論考となると、よくありがちな冒頭に哲学者の言葉を引用する衒学的な仕草の文章が多いせいか、難解という印象を受ける人もいるかもしれませんが、そういう感じではない(というかそんな高次元レベルな文章は書けないし書こうとも思わない)のでそこの点についてもご安心を。難解な事は何一つ書いてません。とっても親切な内容です!!

 

ただ、書かれていることを全てカバーし、なおかつ取り上げている音楽について全て理解した上で完読という意味での難易度は相当高い方だと思います。その意味での難易度の高さは過去一。もちろん読み手によりますが、自分が寄稿した論考を読む前と後では、シャフト映像の見方や劇伴音楽の聴き方が変わる人が大半だと予想しています。

そのくらいの絶対的面白さってやつはあります。それこそ今回の寄稿記事の中で一番面白い文章であると。

書き手がそのくらいの意気込みで書かなければ、読者にその面白さが伝わるはずがないので当たり前ですが。少しだけ強調し、孫子大先生のお言葉を借りるのであれば

勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝を求む

まさにこれです。この場合勝ち負けではなく、面白さという意味ですが。

まず確約された面白い文章を書いてから、読者にその面白さを実感してもらう。

これが一番です。

読者にとって面白いかなぁ〜と疑いぶって書いた文章はあまり意味をなさない。いつにも増してなぜこんなにも面白さの自信を声高く主張できるかといえば、雲の上の存在であるシャフト愛好家のあにもにさんですら、初稿を読まれた際に「やられた!!」と思った箇所があったことが幾つかあったとのメッセージをもらった事が大きいです。であればこそ大半のシャフト好きも同様の感想を抱く(はず)であろう。

 

自分が出せる全体の熱力の内、約8割(9,10割の熱量で書く文章は絶対出ないのでその意味では最高値)の熱量を持って書いたのでまずもって面白いと思います。その上、あにもにさんによる魔改造が施された校閲・校正によって究極の文章になっていますので是非お買い求めください。その意味では*6コードギアス』のKMFでいう紅蓮からの紅蓮聖天八極式になった魔改造レベル。

そして読んでくださった方々には感想を頂きたいです。初寄稿ということもあり、買い手がどのように感じたのかがすごく気になるので、よろしくお願い申し上げます。

ツイートでもDM、メール、この記事のツイートのリプライ、或いはリアルで自分を知っている人は直で、とにかく伝達方法はなんでもいいので実際に読者がどのように感じたのかは知りたいので賛の意見はもちろんのこと、「つまんねー」「面白くない」といったマイナスな意見もいくらでも受け入れますので、ご購入された方は何らかの形で感想をいただければと思います。自分の中でちょっと背伸びしすぎたかなっという文章も書いたので、そこに対してどういった反応がくるかが楽しみです。

色々書きましたが、一番の想いとしては質・量云々よりも、読んだ皆様に何かしら得るものや、感じ取れるものが1mmでもあればいいということです。それだけでも自分が書き上げた文章は役割を果たせたのではないかと思います。

 

というわけで最後にもう一度告知します。

今回自分が寄稿した音楽論は

2023年5月21日に開催される文学フリマ東京36の第二展示場 Fホール  |  か-67

にて設営されるサークル「もにも〜ど」より発売される

シャフト批評合同誌に掲載されています。

是非お買い求めください。

 

moni-mode.hatenablog.com

moni-mode.booth.pm

*1:この記事も実は、少しずつ改稿しています。あと大変嬉しいことに出してからまだ200日も経っていないのですが、平沢進について書かれた一般ブログの記事ではかなり上位に入ってます。これは読んでいただいた皆様のおかげです。大変嬉しく思います。

*2:『沈黙のパレード』よりも『禁断の魔術』を映画に回した方が良かったのではないかと思うのは自分だけでしょうか?

*3:今時1stガンダムで例えるのもどうかとは思いますが、この記事を読みにくる層を考えればまぁ押さえているはずなので1stで例えました

*4:作家の場合は基本全力でないとダメだからこの論調は半分以上正しい。

*5:ちなみに募集要項では1600-20000文字で倍以上オーバー。自分以外にも既に3万字の原稿があると聞いていましたし、あにもにさんには逐一連絡を入れていたので、向こうも倍以上の原稿というのは把握した状態でしたが

*6:見た事がない人はこんな三文記事を読む前に全50話を今直ぐ見てきてください