Music Synopsis

音楽に思考の補助線を引く

『岸辺露伴は動かない』サントラトークイベントを振り返って

・前置き
以前の記事にちょろっと追記でお知らせはしていたのですが『岸辺露伴は動かない』のサウンドトラックイベントに参戦しました。抽選100名限定というところが心躍りますね。しかも舞台は遠藤新デザインでもあり重要文化財でもある建築館でもの自由学園明日館講堂。この段階で舞台レベルで作品に合わせてくる気概がなんとも言えないうれしさですね。ドラマ版『岸辺露伴は動かない』を語る軸としてフランク・ロイド・ライトと遠藤新の建築ラインから語れるという軸も当然あるのでいつか書きたいなと思ったり、と色々考えているうちに会場についたわけですが、女性率が尋常じゃないほど高くやはり高橋一生の集客力は凄いなと感心しました。

 

 

 

・本編

そもそも菊地成孔に音楽のオファーがあったのは演出家が作品を作り上げる際に音楽を流してイメージングをしている最中に『記憶喪失学』

記憶喪失学

記憶喪失学

を聴いて「これだ!!」っていう形の上で成立している、というあたりの話から始まったわけですがここで既に一つの謎が解けるわけです。もしかしたらQ&Aがあれば自分が質問したかった中にこれはどうしても聞きたかった質問の一つなのです。

(込み入った質問についてはここで書いてしまうとそれがメインの記事になるのでそこについてはいつか出す前衛音楽論の時にでも)

演出家の渡辺一貴さんは以下のどちらなのか。答えは二つしかない。

  • 直感、感性の範疇での菊地成孔チョイス
  • 映像史として前衛ラインを攻めようと画策して菊地成孔にオファー

個人的には下のラインかと思っていたわけです。なぜかといえばNHKで映像を作る人がそういう手の文脈を知らないはずがないから。まず最初に『岸辺露伴は動かない』を実写に起こすとして、そこに合う音楽とは何かという逆算から考えれば伝奇映画の要素を持ちうることから、その手の音楽家を聴き込んだ上で出した答えが菊地成孔かと勝手に想像していましたが、実は直感的なチョイスであったと。しかしこれも考察し甲斐があるポイントで、『岸辺露伴は動かない』の映像に菊地成孔音楽が合う。というそのフィーリングには実は映像史としての文脈が無意識的に働いたのではないかという説もここで提唱しておきます。

 

そして菊地成孔さんは元々エンタメ(ゲーム・漫画・アニメ)といったものに縁がないのにもかかわらず『ルパン三世』より『峰不二子という女』であったり名前だけはしっている『機動戦士ガンダム』の諸作品の劇伴を手がけている

 

という、ある種特異的なポジションにいる方で、ご本人もわりと意外感はあったようですが、映像が圧巻のクオリティで、劇伴といった音楽は基本的に映像ありきの状態から書き起こすものですから、視覚的に訴えてくる出来上がった作品にはかなり感銘を受けていた印象でした。曰く、3割音楽、7割が美術・背景・演者の力ということでしたが、自分的には5割くらいは音楽の力では?と思ったりしました。それほど『岸辺露伴は動かない』における劇伴というのは奥が深いものがあるわけです。因み先のこともあり、原作は未読の状態で挑んだそうです。また、演者の二人も菊地成孔作品は知っていた状態で始まっていたため、演じる際には脳内で流してよりよりものに仕上げるためにかなり助かったというようなことをおっしゃっていました。飯豊さんは『戦前と戦後』を推していました。

自分は『野生の思考』だな〜と思ったり。

 

 

ここでリスナーからの質問

Q「ファーストインプレッションの曲はなんですか?」

A「大空位時代

本来のオファーとしては「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」の音楽性で依頼されていたものの、映像の力のフィーリングに引っ張られていたこともあり、まず最初にエンドロールにおけるクレジットが流れるシーンにつける音楽を模索していたところ、新音楽制作工房の門下生たちに提出していた課題曲が軒並みよくできておりその中で一番良いものを選びそれが「大空位時代」であった。そしてそこに肉付けをしていったというのが始まりとのことです。

 

ここで、リスナーが選ぶ上位3曲が発表され

1位「大空位時代

2位「愛の遺伝」

3位「ザ・ラン」

となり、やはりというべきか、テーマソングが映えある第一位ということで、これに関しては菊地さんも「まぁ当然そうだよね」というような反応でした。

元々応募欄に、菊地成孔への質問という項目とベスト楽曲3という項目がありその統計から導き出されたTOP3なのでまぁこの三曲は自明だろうという面もある一方で自分は変な方向性の楽曲に導かれた感もあったので

1位「nu_nu_jazz」

2位「優雅で感傷的なミニマル」or「ドン・イシグロ・パロディの6つの難事件」

3位「大空位時代

にした記憶があります。送信する前にスクショとっておけばよかったなぁとつぐつぐ後悔の念にかられるわけですが。

そして演者はどうか、という話になり高橋一生さんは「東京-ブレノスアイレス」を飯豊さんは「ザ・ラン」「都鳥」を挙げられていました。ガムラン・ノイズ・民謡という要素を持つ楽曲を挙げるのはなかなか面白いなと思いましたね。「都鳥」におけるスタンスは昔のATGの映画のような方法論に倣ったと菊地さんは話しておりました。

次に高橋一生さんが菊地さんに質問をするという流れになり

「AIにおけるサントラについて」という話が議題にあがりました。

ここでは「ジャンケン小僧」のエピソードをめぐる台詞-音楽の連動性について色々と話されており、実は技法としてはAI前期-AIというタームで作られたという話が出てきました。音声デジタルファイルを駆使して「ジャンケン小僧」における劇伴はつくられており、台詞に合わせて音楽を作っているからこそ本編ではああいう音作りになったと話されたあとにAIはもっとすごいぞという話なりました。まずディープラーニング型とプロンプト型の二つがあり、前者は学習型で後者は対話形式における指示型があり特に前者のディープラーニングでは沢山の楽曲を覚えさせてサンプリングの段階すら超え音楽を生成するという領域にきているから法整備がまだまだ追いついていない、という話がでました。そういった中で創作においてはAIというものを使った取り入れというのは基本的には遅いが、そこを寧ろ推していくべきだと演出家に打診し、OKが出たことでアプローチとしてはかなり挑戦的というか、一歩リードした感覚があるということも言っていました。

ここに関しても「AI制作の弦の劇伴というものに対してのファーストインプレッションはどうか?」「女性コーラスはボーカロイドを使っているが、当初からそういう予定なのか、あるいは人の声のコーラスを検討したのか?」という質問を応募欄に書いていたので、相変わらず読まれてはいないものの、こちらが聞きたい意図については高橋一生さんが別角度でもってくるという素晴らしすぎる進行をしており感謝感激です。

 

 

飯豊さんは「オフの日になにをしている」という質問がありそこから料理の話になったのですが、元々実家が料理屋で後を継げと言われたものの環境が厳しすぎて兄と逃げ出し、その結果兄は小説家に、自分は音楽家という流れ話はなんどか読んだことがあるのでそこに新鮮さはないですが、そこで生まれた小説家というのが菊地秀行という巨匠なのが結構すごいし、片や凄腕ミュージシャンというこの按配さが凄いなぁと唸らされますね。菊地秀行はエイリアンシリーズや、魔界都市新宿、Dシリーズでおなじみの作家でホラーというジャンルにおける大家でもありその影響力は凄まじいものがあるのですがそれは別の話。

 

そしてまたリスナーからの質問で

Q「愛の遺伝は菊地先生のイメージですか?」

A「違います」

という流れになったのですが、ここで自分が質問した答えがある種間接的に返ってきたのが興奮しました。その後に菊地御大が答えたこととして「原作は知らないが映像を見る限り怪奇ものである、モダン・レトロモダンが存分に使われており、そういう雰囲気を辿るために古典映画を参照した」と言い、『犬神家の一族』は参考にしたと語り出したのです。

自分が応募欄に書いた質問としてはこういう問いをしたのです。

Q:『愛の〜』というモチーフは昔でいえば『ゴッドファーザー』でも「愛のテーマ」があり、『犬神家の一族』でも「愛のバラード」というものがあり、音源的なところでいえば、ドラマ『ガリレオ』などでも謎解きの際にそうした重厚な音楽が流れるが、このラインは意識しているか?

これを書いた自分からすれば、質問こそ読まれなかったものの、楽曲におけるテーマ性について思っていたことがそのまま菊地さんの口から正解が出たと言っても過言ではなく喜んでいたら、その後に『エクソシスト』や『サスペリア』をはじめ、フェリーニの映画とニーノ・ロータの音楽について言及されていたので、もう嬉しすぎてこの時間のためだけに自分は今ここにいると思えるほど素晴らしすぎる流れでしたね。つまりやっぱり伝奇映画におけるテーマ性と、前衛との融合性というものは菊地さんはわかった上で作っているという事実がここで確定したわけです。まぁどう考えてもそうでしかありえないことはある程度映像文脈がわかる人であれば誰でも気づけることではありますが。このトークの印象深いことの一つに、ホラー映画には本来二つの側面がある。それは「恐怖」「悲哀」である。この二つのバランスが成り立ってこそホラー映画というものが成立するというような話が菊地さんと高橋一生さんのお二人が議題に挙げ、故にアマゾンプライムで『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』がホラーにカテゴライズされたことはとても嬉しいと語っていたことですね。つまりあの作品も「血」というものにまつわるエピソードで語られるのはやはり人間の悲哀みたいなところがあるわけで、そう意味ではバランスが取れているという意味になります。あと、『サスペリア』のくだりで高橋一生さんが「催眠導入剤」であるといったこともポイントですね。これがタルコフスキーとかだったらまぁそうだね。で終わるところを、アルジェントの『サスペリア』、ここではトムヨークの名前を出していたのでリメイク版のことですが、どちらにせよああいう映画を催眠導入剤といってしまうその感性が非常に役として活きていると思うわけです。

やっぱり「岸辺露伴」という役を見事に現実世界に着地させ、納得の行く人物造形を作れる俳優にはそれ相応のビジョンといいますか、結果的にそうなったというだけの話なのかもしれませんが『サスペリア』をそういう風に考えられる感性が非常に「岸辺露伴」を演じるにたりうる素質であると個人的に思ったので非常に感動しましたね。やはり役者はこれくらい尖った感性をもっていなければそういう役は演じきるにたりえないなとも思いました。

「恐怖」「悲哀」におけるホラー映画という流れで、最近は「恐怖」を演出するものでしかない、という指摘もなかなか鋭かったですね。そして電子音楽の容赦がない感覚についても言及されており、人間であればもう少し感性豊かに抑えられるところが全くないその感覚についてはなんと「ボーカロイド音楽」を挙げていました。本来、人間がやればもう少しリラックスして聴けるところに人間性というものが欠落しているその音楽性はある種の恐怖であるというのは膝打ちでしたね。この辺りの高橋一生さんのお話は非常に知見に富んでおり、新しい補助線として使えるなとも思いました。

 

トークとしてこの辺りで時間が来て終わってしまったのですが、最後の挨拶でわかった新事実として演出家や主要キャスト、菊地さん含め全員が原作者の荒木飛呂彦と直接はあっていないという事実も面白かったですね。謎めいた人物という感覚がいかにも荒木飛呂彦だなぁと思いますね。あと、応募における音楽の質問コーナーといったものを儲けたのは高橋一生さんの提案だそうで、普通に応募をかけると俳優目当てとなってしまうため、それだけではない層として、単純に音楽が好きな人や『岸辺露伴は動かない』というドラマ作品が好きな人、という色々な人を混ぜた上で作品世界に通底する場所でトークイベントを、という計らいだそうでこれを聞いた時に自分が今回のイベントに当選した理由の一端を垣間見た気がしました。本当にありがたいことです。おそらく執拗に音楽について書いた文章が運営サイドや、もしかしたら登壇者の方々に読まれたのかな、とか色々考えると恥ずかしい反面、質問内容に書いた内容はほぼ全て別角度から答え合わせのように菊地さんや高橋一生さんのトークの話題として登場したので、自分として今回の劇伴に対するアプローチや考え方というは決して間違ってはいなかったというのが本当にこの上ない愉悦といいますか、喜びなわけです。それを感じられただけでも自分にとってかなり意義のあるイベントになりましたし、今後執筆予定の前衛音楽論についても、十分補強できるようなお話が聞けたのでより面白い文章を書けるという意味でも大変勉強になったイベント会でした。

 

改めて関係者各位には感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

そして『岸辺露伴は動かない』も制作サイドとしては未定ではあるものの、続けられるのであれば続けたいというその願いは確かに受け取ったので、後は我々視聴者が作品を応援することにかかっているので、全力で応援したいなと思いました。

 

以上サントラトークイベントのレポート記事でした。それでは。