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Music Synopsis

音楽に思考の補助線を引く

すこし遅れて届く音 レイ・ハラカミの音楽世界の歩き方

※2025年12月12日 本編の全面改稿(スケールは当時規模で保ってます)

長谷川白紙について延々考えていたんですが、何処か既聴感があるなと思いつつ年間ベストに入れて活躍を期待しているところなんですが

sai96i.hateblo.jp

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 最近、その感覚がわかってきまして「ああ、音楽表現がレイ・ハラカミで、それをポップス化したものなんだ」というところに着地しました。レイ・ハラカミ 彼の名を聞いたことがある人は少ないと思う。悲しいことに40歳でこの世を去っているからだ。imoutoidにしろ

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レイハラカミにしろマイナーな世界で独自の世界を紡ぎ出せる鬼才に限って亡くなってるのは寂しいですよね。しかし彼が残した音楽作品はどれも一品級である。

『Unrest』『Opa*q』『Red Curb』『lust』など傑作ばかり。そんな彼の音楽の良さを一つでも伝えられたらなという趣旨の記事です。

Unrest

Unrest

Red Curb

Red Curb

わすれもの

わすれもの

opa*q

opa*q

[lust]

[lust]

 

エレクトロニカというジャンルにおいて(そこまで詳しくないが)明らかに異質な音楽性を提供している。音の動きと、加工の仕方や、楽曲における展開、無機質さ、リバーヴの奥行きなどが耳にスッと入って「聴ける」。柔らかなメロディラインに沿った音楽を作っているが不思議なもので果たしてメロディなのかと思うくらい不安の余韻が引き出される音調など全てが「掴めない」作品ばかり。

レイ・ハラカミディスコグラフィを年代順にざっと並べてみると、1st『Unrest』(1997年)、2nd『Opa*q』(1999年)、3rd『Red Curb』(2001年)、4th『lust』(2005年)、企画盤『Trace Of Red Curb』(2001年)、インスタレーション由来の『暗やみの色』(2006年)、事実上の遺作となる『わすれもの』(2006年)、映画音楽『天然コケッコー OST』(2007年)、さらにデビュー以前の音源をまとめた『広い世界とせまい世界』(2021年)と、ほぼ「外側まで埋まった円環」みたいな配置になっている。

 

この円環の内側で、彼は一貫して「メロディらしきもの」と「ただの音響」の境目を曖昧にし続けていて、耳に入ってくるものがコード進行や、リフでもなく、「浮遊する点描の集合」として聞こえるようにチューニングされているのが特徴的だ。例えば『Unrest』(1997)期の「Wreck」や「Rho」では、シンセの単音が拍から半歩ずつズレながら配置され、その一つ一つに短いディレイと残響が付着しているせいで、グリッド感よりも「粒子が空間を漂っている感じ」が先に立つ。『Opa*q』に入るとジャズ的なコードの揺らぎや、プログレ由来の変拍子っぽい切り替えが増えていくのに、全体としては「拍感の強いダンス・トラック」には決して着地しない。この、「ダンス・ミュージックのリズム設計を借りているのに、最終的には聴き手の内側にだけリズムが生まれるように配置している」という矛盾した構造が、ハラカミの音楽の掴みどころのなさの正体にかなり近い。

 

もう少し制作サイドから見ると、その異常な細かさが、巨大なスタジオや膨大な機材群ではなく、EZ VisionSC-88Proといった比較的素朴なMIDI環境と、ROLANDのVSシリーズ(晩年はVS-2000CD)を中核にした宅録システムから生まれているところも重要だ。MIDIシーケンサー側である程度までディレイを仕込んだ音像を作り込み、それをマルチトラックレコーダーに録音したあと、さらにVS-2000CDの内蔵ディレイだけで「擬似ノーインプット・ミキシング」みたいな自己フィードバック回路を組んで、オーディオ側で空間処理をやり直す、という手順を踏んでいたことがわかる。つまり、一見するとただの「リバーブの深いふわふわしたシンセ」なのに、実際にはMIDI段階とオーディオ段階の二重構造で時間軸がずらされていて、そのうえでコンプやEQよりもディレイのフィードバック量の微調整でダイナミクスを作っている。『Red Curb』期の「The Backstroke」や「Cape」の、倍音がじわじわと増殖していくような聴こえ方は、まさにこの「ディレイを時間方向のレイヤーとして重ねる」やり方の、かなり完成された形に聞こえる。

 

作品ごとの役割で言えば、『Unrest』は「音の粒子をどう並べれば音楽としてギリギリ成立するか」という実験の記録、『Opa*q』はそこにジャズ的なコード感やアンビエントの引き伸ばしを混ぜて「和声の揺らぎ」を導入した段階、『Red Curb』はディレイとグルーヴの設計を突き詰めて「ハラカミ節のテンプレート」を作り上げた頂点、『lust』はそのテンプレートをあえてポップス側に倒して、「joy」や「Grief & Loss」のような分かりやすさと、あの不可解な不協和を同居させることに成功したアルバムと捉えられる。そして『暗やみの色』や『わすれもの』では、インスタレーションや映画音楽的な制約の中で、初期の点描的な実験性と『lust』以降のポップさが奇妙なかたちで折り重なり、「にじぞう」や「おむかえ」のように、一聴すると子どもの落書きみたいなモチーフが、実は時間軸と空間処理の精密な制御の上に成立している、という逆説的な着地になっている。

このディスコグラフィ全体を通してみると、レイ・ハラカミは「メロディとビートを作る人」というより、「時間の流れ方そのものをデザインする人」という方向性であろう。各アルバムはその時間感覚のバリエーション違いとしてきれいに配置されているように見えてくる。

 

これらを前提にしてアルバムについて簡素に拾っていきます。

『Cape』『2 Creams』『Pass』の三曲が、レイ・ハラカミの「一番説明しづらい核」をよく表していると思う。

Cape

Cape

  • レイ ハラカミ
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「Cape」は、はっきりしたキックやスネアがあるようでいて、実際には「点」と「余韻」をずらしながら並べていくことで、ビートを作っている楽曲だ。乾いたクリック音のような打点がグリッドを示しつつ、その周囲をふわっとした残響と、ゆるやかなコードの変化が取り囲んでいく。耳はリズムを追っているつもりなのに、気付けば「時間がにじんでいく感覚」を聴かされている。構造としては「Wreck」をさらに緻密にし、音の層を増やした進化系と言ってよくて、どの音をとっても主役になれそうなのに、どれも主役になりきらない絶妙なバランスで保たれている。

2 Creams

2 Creams

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「2 Creams」は、アルバムの後半に置かれた長尺トラックで、レイ・ハラカミの「時間の伸ばし方」がもっともよく出ている一曲だ。ループそのものはシンプルで、同じフレーズが何度も繰り返されるのだが、そのたびにフィルターの開き具合が変わり、定位が少し動き、音の重なり方が入れ替わる。言い方を変えれば、「同じ小節が二度と来ない」タイプのミニマル・ミュージックで、クラブ・トラックのようにビルドアップしてドロップするのではなく、気付いたら遠くまで来ていた、という移動感を作り出している。

 

Pass

Pass

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「Pass」は、この三曲の中ではまだ説明しやすいほうで、比較的ストレートなロー・テンポのビートと、メロディの輪郭がはっきりしている楽曲だ。とはいえ、いわゆるダウンテンポブレイクビーツの文法にはきっちり収まらず、ハイハットの刻み方や、ベースの「踏み込みすぎない」ラインのおかげで、ふわふわとした浮遊感が残る。耳慣れた構造に見せかけて、どこか必ずずらしてくる。その意味で「Pass」あたりが、ギリギリ「こういう曲です」と言葉にできる限界ラインであり、「Cape」や「2 Creams」になると、もはやジャンル語彙では捕まえきれなくなる、という感覚がある。

 

こうした「言葉からこぼれ落ちる」感じは、1枚目のアルバム『Unrest』からすでに強く出ている。

『Unrest』は、ざっくり言えばテクノ的な味付けがもっとも濃い作品だが、それは「4つ打ちでクラブ仕様」という意味ではない。むしろ、シンプルなリズムマシン的ビートと、少ない音数のシンセを使って、どこまで「人の手から離れたリズム」を作れるか、という実験の記録に近い。機材としてはROLANDの音源モジュールを中核にした、ごくコンパクトなMIDI環境で作られたことが知られていることからもわかるように、その「限られた音色をどこまで工夫して聞かせるか」という制約が、かえってこのアルバムの緊張感につながっている。

Unrest

Unrest

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タイトル曲「Unrest」は、その代表例だ。音数だけ見れば、単音のシンセ、短く刻まれたパーカッション、奥でうごめく低音、という極端にミニマルな構成なのに、実際に聴くと驚くほど情報量が多い。ひとつひとつの音が、拍のジャストから半歩ずつ前後にずらされ、さらに長めのディレイが付着しているため、「飛び飛びな音使いに余韻がぶら下がっている」感触になる。奥のほうで繰り返される、少し不穏なモチーフは、メロディと呼ぶにはあまりに断片的だが、それでも確実に曲の重心を作っていて、聴き手はその断片を追いかけながら、いつの間にか曲全体の構造に巻き込まれていく。

Objective Contents

Objective Contents

  • レイ ハラカミ
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「Objective Contents」は、『Unrest』の中でも特に「実験曲」と呼びたくなる一作だ。イントロでは、一定のパターンが続くことで「こう進むだろう」という予測をあえて作らせておきながら、途中でふっと横道に逸れる。リズムが崩れるのではなく、「今まで主役だったフレーズが急に背景に退く」「まったく別の音色が、同じテンポで割り込んでくる」といった形で、曲の視点をずらしていく。それでも最後には元のパターンに戻ってくるので、「合間合間に横道に逸れつつも、ちゃんと帰ってくる」という不思議な安心感がある。構造だけ見るとかなり複雑なのに、聴き味は軽い。そのギャップが、この曲の魅力だと思う。

Bioscope

Bioscope

  • レイ ハラカミ
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Code

Code

  • レイ ハラカミ
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「Bioscope」や「Code」も、最初のノリで一直線に走り切るのではなく、「ここでそのフレーズを切るのか」「そのタイミングでノイズを挟むのか」といった、意外な折り返しポイントが何度も出てくる。通常のダンス・トラックなら、ビートの快感で押し切るところを、あえて途中で一回、聴き手の足を止める。リスナーに「今、何を聴かされているんだろう」と考えさせてしまう。そのクセの強さが、『Unrest』の段階からすでに確立されている。

一方で、「After Bonus」のように、レイ・ハラカミ作品の中では比較的「掴み所のある」楽曲も収録されている。一定のフレーズが柔らかく周回し、一音ごとのピッチ・ベンドや、微妙なベロシティの揺れでニュアンスをつけていくタイプの曲で、リスナーは「ひとつの音が周囲をゆっくり周回していく」のを眺めていられる。

After Bonus

After Bonus

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難解さよりも、耳なじみの良さが先に立つので、一般的な意味での「入りやすさ」で言えば、この曲が『Unrest』の窓口になっている。「Wreck」と、その進化系と感じられる「Rho」は、レイ・ハラカミ流の「ビート・ミュージック」の原型だ。

Rho

Rho

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どちらも、いわゆるキック・スネアの明確なパターンは薄めなのに、「ここで身体が揺れるはず」というポイントには必ず何かしらの音が置かれている。ドラムマシン的なビートではなく、「音の重なりの結果としてビートが見えてくる」タイプの構造で、特に「Rho」では、その重層性が強まっている。音の一粒一粒が、ほんの少しずつタイミングをずらされているため、拍を数えると不安になるのに、身体はなぜかきちんと刻んでいる、という矛盾した感覚になる。

opa*q

opa*q

二作目の『Opa*q』になると、アンビエント的な空間性や、わかりやすいフレーズも増えてくるが、それ以上に「ジャズ」と「プログレ」を感じさせる要素が強くなる。ここで言うジャズ的とは、単にブルーノートを使うとか、スウィングするという話ではなく、「コード進行が循環せず、常にどこかへ流れていく」タイプの書き方の意味です。

Double Flat

Double Flat

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たとえば「Double Flat」では、リズムもハーモニーも単純なループには戻らない。あるコードの上でフレーズが展開されているように聞こえたかと思うと、ベースだけがふっと別のルートに移り、そのまま元の位置に戻らず進んでしまう。拍子の上では4拍子に収まっているはずなのに、2拍+3拍+3拍のように感じられるところがあり、その「ずれた感覚」が曲全体のスリルになっている。

 

Poof

Poof

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「Poof」は、むしろグルーヴ側に寄った曲で、ハイハットとパーカッションの刻み方に、ダブやブロークンビーツの影響がうっすら見える。ただし、決して「黒っぽいビート」を表に出さず、あくまで透明なシンセと細かなリズムの組み合わせで、それを再構成している。個々のリズム・パターンだけ取り出せばクラブでも鳴らせそうなのに、全体としてはどこにも属さない音楽になっている、という意味で、非常にレイ・ハラカミらしい。

Chromatic Cliff

Chromatic Cliff

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「Chromatic Cliff」は、『Opa*q』の中でも、最も「レイ・ハラカミ的」と呼びたくなる楽曲だ。ほとんどビートを持たず、鋭い音色のトーンが、音階ともノイズともつかない位置をふらふらと上下する。音と音の間に空白が多く、その空白までも音楽の一部になっている。旋律がどこへ向かっているのか、聴き手には最後まで確信が持てないのに、終わってみると、確かに「どこかへ辿り着いた」感じが残る。その不思議な到達感こそ、この時期のハラカミ節の核心だと思う。

Red Curb

Red Curb

三作目『Red Curb』は、一般的にも評価が高く、「代表作」と目されているアルバムだが、その理由は単に楽曲が洗練されたから、というだけではない。『Unrest』『Opa*q』で試されてきた「点描的な音の配置」と「グルーヴの組み立て」が、ここで初めて完全に噛み合い、「一枚の世界」として安定したからだと思う。

The Backstroke

The Backstroke

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二曲目「The Backstroke」から、すでにその完成度ははっきりしている。水面の跳ね返りのようなハイハットと、深いところで脈打つベースライン、そして上モノのシンセが、三層構造で絡み合いながら、少しずつ形を変えていく。ここでもドロップ的な盛り上がりはないのに、曲の途中でふっと視界が開ける瞬間があり、そのたびに「今、何かが変わった」と直感させる。書き込みは多いのに、決して騒がしくならないバランス感覚は、この時期ならではのものだ。

「Cape」は、『Red Curb』において「Wreck」の究極形と呼びたくなるトラックで、打点的な音運びと、不協和ぎりぎりの音重ねが、脳をダイレクトに刺激してくる。リズムは一貫しているのに、旋律側はしばしば意図的に外れ、ディレイや残響によって「正しい位置」がぼかされる。その結果、聴き手は常に「今、自分は拍のどこにいるのか」を問い続ける状態に置かれ、それが快感になっていく。

Wrest

Wrest

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「Wrest」は、一転してビートの刻みが前面に出た曲で、スネアとキックの関係性が、非常にわかりやすい。とはいえ、そこに重なるシンセや残響処理はやはりレイ・ハラカミ節で、ビートだけを聴けばクラブ・トラック、上モノだけを聴けばアンビエント、と二重に解釈できる構造になっている。中盤でフレーズがうねうねと逸れていく感じも絶妙で、聴いている側は「まだこのパターンでいくのか、ここで変えるのか」をずっと判断させられ続ける。

Remain

Remain

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「Remain」は、『Red Curb』の中でもっとも「夜の終わり」を感じさせる曲で、nujabesの「reflection eternal」に近い、と感じるのはよくわかる。

reflection eternal

reflection eternal

  • Nujabes
  • ヒップホップ/ラップ
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どちらも、ローテンポでメロディアス、かつメランコリックな空気をまとっていて、ビートの上に静かな感情が乗っている。違いがあるとすれば、nujabesがジャズ〜ヒップホップの文脈からその情緒を立ち上げているのに対して、レイ・ハラカミは、音色と残響の設計から同じ情緒に辿りついているところだ。ピアノのニーアタックの音、ベースの低域の膨らみ方、ハイハットの減衰時間など、細部の調整だけで「黄昏」を作り出している。

『Trace of Red Curb Dedicated from Rei Harakami』は、『Red Curb』の楽曲を別ミックス/リミックス/新曲で組み替えた企画盤で、他者とのコラボレーションを通して、レイ・ハラカミの音楽の「別の顔」を示している。中でも大野松雄による「Put Off and Other」は、テレビ版『鉄腕アトム』の音響を担当したベテランによるリミックスで、60年代の効果音づくりと、2000年代のエレクトロニカが一本の線でつながっていることを感じさせる。ざらついたノイズや、アナログ的な揺らぎが前面に出てくることで、原曲の持っていた「透明感」が、別種のテクスチャーに変換される。その変換過程そのものが聴きどころになっていて、「音響工作」の楽しさが詰まった一曲だ。

Put Off and Other (Remixed By Matsuo Ohno Assisted By Yasuto Yura)

Put Off and Other (Remixed By Matsuo Ohno Assisted By Yasuto Yura)

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一方、新曲の「Led Curve Again」「Lobe」などには、それまでよりも「メジャー感」のあるサウンドが顔を出している。帯域の使い方が広くなり、低域から高域まできれいに埋めつつ、その中で意図的なディレイの歪みや、コードのねじれを仕込んでいく。ジャズ的なコード進行を、よりはっきりと前に出しながらも、「まともなフュージョン」になりきる直前で引き返す、その距離感が面白い。

Led Curve Again

Led Curve Again

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Lobe

Lobe

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四作目『lust』は、分かりやすさと聴きやすさの総合値で言えば、もっとも「入口向き」のアルバムだろう。代表曲「Joy」をはじめ、ポップスとしても十分成立する楽曲が並びつつ、その下にはいつもどおりレイ・ハラカミならではの時間設計が潜んでいる。

Joy

Joy

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「Joy」は、柔らかなシンセのフレーズと、丸みのあるビートが織りなす、いわば「穏やかな祝祭」の曲だが、よく聴くと、コードの進行は意外なところでひねられている。単純なトニック/サブドミナントの往復ではなく、途中で少しだけ不協和な響きを混ぜて、そのたびに「喜び」の陰にある影を覗かせる。タイトルのわかりやすさと、和声の複雑さのギャップが、この曲をただのチルアウトに終わらせない理由になっている。

表題曲「lust」と「Grief & Loss」は、『lust』というアルバムの感情構造を担う二曲で、前者では欲望のざわめき、後者ではそれがこぼれ落ちた後の喪失感が描かれる。

lust

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Grief & Loss

Grief & Loss

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どちらも、ビートそのものは控えめで、シンセのレイヤーと細かな装飾音が、感情の揺れを表現している。特に「Grief & Loss」では、途中で一度ビートがほとんど見えなくなり、「音の雲」の中で時間が止まったように感じられる瞬間がある。そこで聴き手は、一度「今どこまで来たのか」を見失い、終盤で再びビートが戻ってきたときに、ようやく自分の位置を取り戻す。この「一度迷子にさせてから、戻してくる」構造が、タイトルに込められた感情ときれいに重なっている。

Owari No Kisetsu

Owari No Kisetsu

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細野晴臣の楽曲をカバーした「Owari No Kisetsu」では、自身の歌声が初めて全面に出る。とはいえ、ここでも歌はあくまで「もうひとつの音色」として扱われていて、ヴィブラートや息遣いが過剰に強調されることはない。原曲のセンチメンタルなコード進行を、レイ・ハラカミ特有のシンセとリズムで再構築し、サステインの長いパッドと、さりげないノイズで包み込むことで、細野版とはまた違う「残響の長い黄昏」を作り上げている。サカナクションの山口一郎が好みそうなバランス感覚で、「日本語ポップス」と「電子音楽」の接点が、ここで一度きれいに示されたとも言えるだろう。

After Joy

After Joy

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アルバム後半の「After Joy」になると、音の踏み込み方が一気に強くなり、シンコペーション的なリズムと、広がりのあるシンセが一度に押し寄せてくる。耳に入ってくる情報量が多く、最初は圧倒されるが、繰り返し聴くと、その中にきちんと呼吸のスペースが作られていることに気付く。

Last Night

Last Night

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「Last Night」は、ギター由来と思しき加工音が主役で、ループするフレーズの上を、細かなノイズが星屑のように散らばる。優しいだけではなく、ところどころに暗さが見え隠れするのが印象的だ。

Approach

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「Approach」は、イントロだけ聴けばEDM的なわかりやすさも感じられるが、やはり途中からレイ・ハラカミらしい「聴いているのに聴き取れない」領域に突入していく。教会音楽のような和声感で終わっていく構成も含めて、「天国と夢を少し混ぜたような空間」という表現が似合うトラックだと思う。ラストを飾る「First Period」は、余白の多いミニマルな曲で、最初のうちは単調に思えるが、最後の一音で、聴き手がそれまで聴いてきた全ての音の意味が反転する。そこで初めて、「ああ、この曲は最初からこの終わり方に向かっていたのか」とわかる。意表を突かれる、とはまさにこのことだ。

わすれもの

わすれもの

事実上の遺作となった『わすれもの』は、原点に帰って自由に作りたいものを並べたような、しかし同時に過去作すべての要素が凝縮された作品集に見える。一曲目「にじぞう」からして、子どもの落書きのようなモチーフと、精密な時間制御が同居している。ピアノのような一音ずつのフレーズが、拍から微妙に外れつつ跳ね回り、その背後を、柔らかなパッドとささやかなノイズが支える。ぱっと聴きは「わけがわからない」のに、何度も聴くと、そのわけのわからなさが快感に変わっていく。

あるテーマ

あるテーマ

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「あるテーマ」は、一見もっとも「純音楽」らしい構成だが、やはり展開は予測不能だ。メロディらしきものが立ち上がりそうになると、すぐに別の音が割り込んできて、そのたびに曲の重心がずれる。それでも、どこか一本の線が通っているように感じられるのは、時間軸のデザインが非常に精密だからだろう。各フレーズの長さや、沈黙の取り方に、一切の無駄がない。

おむかえ

おむかえ

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「おむかえ」では、技巧的な側面がより露出してくる。ポリリズム的なパターンや、意図的に崩したグルーヴの上に、素朴なモチーフが乗り、そのギャップが不思議なユーモアを生んでいる。タイトルのイメージどおり、「誰かを迎えに行く」ようなワクワクと、不安が入り混じった感情が、そのまま音になっているかのようだ。

さようなら

さようなら

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最終曲「さようなら」は、「愛のロマンス」を思わせるクラシックギター的なフレーズを軸にしつつ、それを自由自在にエレクトロニカへと変換していく。

愛のロマンス

愛のロマンス

  • ドナルド・ウィノースキー
  • クラシック
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原曲の有名な旋律はところどころで顔を出すが、常にシンセやエフェクトの層の中に埋め込まれていて、「引用」というより「素材のひとつ」として扱われている。過去の音楽への敬意と、そこから自分の音を再構築してしまう自由さが、最後の最後にまとめて提示されているように感じられる。

どのアルバムも「変わった音楽」と言ってしまえばそれまでだが、その変さは決して奇をてらったものではなく、「時間の流れ方をどう設計するか」という、一貫した問いから生まれている。そうした問いは、後続の長谷川白紙やimoutoid、そしてnujabesのような作家たちにも、形を変えて受け継がれていったのは事実なわけです。

今回、初稿から約4年後、あらためて書き直してみて、ふと気付くのは、やはりここで挙げた作家たちが皆、将来を嘱望されながら夭折・急逝してしまった人々だという事実だ。日本人でもここまで特異で、美しい音楽を作れる人たちがいたのだ、という代表のような存在であり、その「もしも」を考えずにはいられない。Nujabesレイ・ハラカミimoutoid彼らが生きている世界線では、一体どんな音楽が今、鳴っていたのか。そう思い浮かべるだけで一音楽好きとしては悔しいものもあれば、同時に、今聴くことのできる作品たちの尊さも、いやでも浮かび上がってくる。