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Music Synopsis

音楽に思考の補助線を引く Notes on sound, voice, and what remains

組曲『惑星』ホルストが提示した7つの世界と「宇宙音楽」

※2025年12月8日 全面改稿(ただしスケールは当時規模で保ってます)

 

ホルスト木星は小学校の音楽で習うほど今では定番な楽曲となりました。しかし同時にこうも思います。「なぜ他の惑星音楽が知られていないのか?」その疑問の私感アンサー は後半に書きますが、世間体で知られていないのが勿体ないほどに全体を通して聴く組曲『惑星』の迫力であったり、楽曲に散りばめられたあらゆる要素は素晴らしいものです。今回の記事は全体としての惑星シリーズの魅力を中心に書いていきます。

 

『火星-戦争をもたらすもの』

特徴はなんといっても、執拗に刻まれる5拍子(4分の5拍子)のリズム。低弦と金管が繰り返す不穏なパターンが、じわじわと巨大な質量を持ちはじめて、気付くと逃げ場のない行進になっている。ラヴェルの『ボレロ』(1928年)よりも先に、「ひとつのリズムを延々と持続させて高揚を作る」アイデアを大規模オケでやってのけている点は、やはりとんでもない。

作曲年代は1914〜1916年。第一次世界大戦のさなかに「戦争をもたらすもの」が書かれている、という事実も含めて、どこか予言的な気配を帯びて聴こえます。

低音域のうねり方やブラスの鳴らし方、暗い英雄主題の扱いは、のちのSF映画スペースオペラの作曲家たちがこぞって参照した領域で、スター・ウォーズの「帝国のマーチ(ダース・ベイダーのテーマ)」との類似を指摘する声も有名です。作り手の側から見れば、「これを聴いて何も影響を受けない方が難しい」タイプの曲だと思う。

人生ベストテンを挙げろと言われたときにも、いまだに入りうる一曲。

 

『金星-平和をもたらすもの』

冒頭のホルンの呼びかけから、どこかスター・ウォーズ的な「宇宙ロマン」を連想する人も多いのではないでしょうか。弦楽器が静かに、しかし流動性のある旋律を紡ぎ、それをクラリネットがやわらかく支える。

 

このローテンポな浮遊感が、曲全体を通して保たれます。ポイントは、スラーを多用した「切れ目の少ない」フレーズ処理。音と音の間に段差を感じさせないように書くことで、時間そのものが少し伸び縮みしているような感覚が生まれている。

中盤で一度、弦がぐっと盛り上がっていく(録音にもよるがだいたい4分半前後)。ここはほぼ浄化シーン。続くヴァイオリンのソロは、どこかマーラーの『アダージェット』(1902年)を思わせるような哀愁と透明さを持っています。

惑星の中でも、もっとも取っつきやすく「一曲として聴かせられる」タイプの楽章。
後半、クラリネットを起点に木管から弦へと包み込んでいく流れ、終盤フルートと鉄琴(グロッケン)のきらめきで締めるあたりのロマンチックさも見事です。

『水星-翼ある使者』

全曲でいちばん短い(約4分)小品ですが、密度が高い。

テンポが細かく変化し、あらゆる楽器が次々に顔を出しては踊るように鳴っていく。各パートに小さなソロが配分されていて、「室内楽のアンサンブル感」と「オーケストラの色彩」が絶えず入れ替わっている感触があります。聴いていると、ふと同じリズム・モチーフが何度も戻ってくることに気付くはずで、その意味では金星と同じく、一度どこかで「爆発」してから再整理する構造を持っています。全体としては、機敏でせわしなく、しかしどこかチャーミング。

タイトル通り、「翼ある使者」たちが縦横無尽に飛び回る光景が自然と浮かんでくる曲です。

 

木星-快楽をもたらすもの』

おそらく組曲《惑星》で最も知られている一曲。問題児でもある一曲。

正直に言うと、火星・金星・水星と聴き進めたあとで木星に入ると、どうしてもインパクトが散って感じられてしまう。導入部の勢いと、その後に現れる有名な賛歌風メロディ(いわゆる「サビ」部分)が、やや別物の音楽として聴こえてしまうからです。

冒頭から2分台後半あたりまでは、「これまでの惑星と同じ文法で、もう一段階テンションを上げた」音楽として非常によく出来ている。ところがそこから、ぐっとテンポを落として壮大なテーマが現れるあたりで、曲の方向性を急ハンドルで切り替えたような印象を受ける。

 

聴き手としても、前半と後半で別の曲を続けて聴かされている感覚になりがちです。
要素ごとに見ればどれもよく書けているのに、「一曲」としてのかみ合わせに違和感が残る。個人的には、今ではあまり好んで聴かない楽章になってしまいました。

加えて、日本の授業では「サビだけ」が抜き出されて流れることが多いので、木星だけが「キャッチーな一曲」として独り歩きし、他の楽章が忘れ去られていく構造にもつながっている気がします。

 

土星-老年をもたらすもの』

おそらく、もっとも伝統的な意味で「クラシックらしい」バランスをもった楽章。

ホルンが静かに立ち上がり、パーカッションがごく控えめに脈を刻み、そこにトロンボーンやホルンが少しずつ主張を重ねる。金管のクライマックスが一段落したところで、弦が流れるようなフレーズで合流し、上下に揺れ動く大きなうねりを作る。

構成だけ見れば、20世紀の標準的なオーケストラ作品に近い手触りです。それでもなお、3分台後半から4分過ぎにかけて、フルートとクラリネットが明暗を交互に描き、その下で金管が徐々に重さを増していくあたりには、やはりホルストならではのドラマ感がにじんでいる。後半、いったん荒々しい部分を通過したあと、6分前後から弦の持続和音の上にハープが浮かび、その上をフルートの明るさがしばらく支配する。

そこへ再び弦が合流し、全体がやわらかくフェードアウトしていく終わり方が、とてもロマンチックで美しい。地味に見えて、長く付き合うほど味が出るタイプの一曲です。

 

天王星-魔術師』

跳ねるようなリズムと不規則なアクセント、金管木管の派手な掛け合いを聴いていると、ディズニー映画『ファンタジア』で使われるデュカス『魔法使いの弟子』(1897年)を連想する人が多いと思います。と、いうか本楽曲はそのフォロワー。

逆に言えば、それだけこの楽章の語彙が20世紀の「魔法」イメージのテンプレになっているとも言える。

魔法使いの弟子』よりもさらにスケールを大きく、音をどこまでも延ばしていく感じがホルストらしいところで、そのぶん「全編クライマックス」のような息の切れなさもあります。その意味ではデュカスの方が、まだまとまっているというかクラシック音楽としてのまとまり方はある方。ここをどうみるかは人それぞれですが。

鉄琴や打楽器の使い方は非常に巧みで、ややSFめいたきらめきや、空間がねじれるような感覚をうまく作っている。クラリネットのコミカルなフレーズも含めて、「魔術師がいたずら半分で世界をかき回している」ような絵が浮かぶ曲です。終わり方に関しては、個人的にはやや尻すぼみの印象も残るものの、そこも含めて「奇妙な魔術師のショー」がふっと終わってしまう感じ、と解釈することもできるでしょう。

 

海王星-神秘をもたらすもの』

ラストを飾るのが、この静謐な楽章。

一言で言えば、「スペースオペラのラストにそのまま使ってもまったく違和感がない」タイプの音楽です。ヴァイオリンを主旋律に据え、その背後にクラリネットやフルートを影のように配置することで、手触りはやわらかいのにどこか掴みどころのない神秘性が生まれている。

ここでも鉄琴の音色が重要で、高い音域のきらめきが、星々の瞬きや光の粒子のような印象を与えます。後半にかけては合唱が加わり、人間なのかそうでないのか判別できない「声」が、オーケストラの響きの向こう側から聴こえてくる。フェードアウトしていくラストは、舞台の幕が下りるというより、「宇宙の方がこちらからすっと遠ざかっていく」ような感覚に近い。静かなのに後を引く、不思議な終幕です。

 

 総評的なアレ

『惑星』は1914〜1916年にかけて作曲されました。ストラヴィンスキー火の鳥』(1910)『春の祭典』(1913)によって、20世紀音楽に「以前/以後」の境目が刻まれた直後の時期です。ホルストは、まさにその「以後」の第一世代として、リズムとオーケストレーションの新しい可能性を探っていたと言えるでしょう。

この組曲が面白いのは、「未来の映画音楽」の原型をいくつも同時に内包している点です。SF的なスリル、宇宙ロマン、戦争の圧力、老いの感傷、魔術的なコミカルさ、そして神秘。ジョン・ウィリアムズの『スター・ウォーズ』や『ET』『ジュラシック・パーク』『ハリー・ポッター』の人気テーマの多くが、ストラヴィンスキーホルストミームを受け継いでいる、といった指摘も頷けます。

メイン・タイトル (エピソード IV:新たなる希望)

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レイア姫のテーマ (エピソードIV:新たなる希望)

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Main Title / First Victim

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では、なぜその中で木星だけが「学校で習う曲」になったのか。

ひとつは単純に、あの賛歌風メロディが「教育現場で使いやすい」からです。
・調性がはっきりしている
・旋律だけ取り出しても成立する
・歌詞を付け替えて合唱曲に転用しやすい

こうした条件を満たしているのは、全曲のなかで木星の中間部くらいしかない。
逆に言えば、それ以外の曲は、部分だけ抜き出して教材にするには構造が複雑すぎる。

結果として、「授業で使うなら木星のサビだけ」という扱いが固定化し、
「惑星=あの有名なメロディ」というイメージだけが残ってしまった。

しかし、全曲を通して聴いてみると、むしろ本領を発揮しているのは火星・金星・土星海王星あたりの方だったりする。リズムの発想、オケの鳴らし方、響きの設計は、今聴いてもまったく古びていないし、映画・アニメ・ゲームなどあらゆる映像音楽の元ネタ集としても楽しめるはずです。ホルストは「SF的な想像力」と「リズムの快感」で音楽を動かした作曲家でもありました。『惑星』はその代表作であり、同時に、20世紀以降のポップカルチャー全体にひそかに影響を与え続けている裏の古典でもある。

木星だけで終わらせるにはあまりにももったいないので、一度、全曲通して付き合ってみてほしいです。

そんな気持ちで、五年前の自分の記事をいまのモードで書き直してみました。

ストラヴィンスキー側から「破壊」と「衝動」の系譜をたどりつつ、ホルストとの距離をもう少し精密に測りたいところですが、5年たった今でもまだ書ける気がしないので今しばらくお待ちいただければと思います。