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Music Synopsis

音楽に思考の補助線を引く

【Diggy-MO'宇宙観楽曲プレイリスト】 Diggy-MO’サウンドの天球譚─SOUL'd OUT・ソロ期・ViRCAN DiMMER・Ave Mujica

本稿はAve Mujicaを軸に Diggy-MO' 宇宙観を整理したMujica論を前提としています。そのため、まず読んでいない方はこちらを読んだ上で、本記事へという形をとっていただければと思います。その関係性で、文意、文章が多少重なる点がありますがMujica論からDiggy-MO'の宇宙論を抽出した記事という位置となっておりますので、あらかじめご了承ください。

sai96i.hateblo.jp

このMujica論では、あくまで「Ave Mujica 側から見た Diggy-MO' 宇宙論」という組み立て方をしたが、本記事では視点を少しずらして、「Diggy-MO' の音楽遍歴だけを、宇宙観という一本の線で追いたい人」の目線でSOUL'd OUT〜ソロ初期から ViRCAN DiMMERの『HOROSCOPE』、Ave Mujicaの初期シングル、ミニアルバムとしての『ELEMENTS』のあり方、そして『天球のMúsica』に至るまでのディスコグラフィーをプレイリスト的に整理していきます。

 

本当は Apple Music のプレイリストリンクをそのまま共有するのが一番手っ取り早いののは承知しておりますが、あれは提示したユーザー側の再生履歴まで丸見えになってしまう仕様なので、であればこちらで整理して記事として提示することで誰でも己で組めるという考えです。

プレイリストは以下の通り(個人的にタイトルはDiggy-MO'×三角初華で達成した天球)

イラストレーターの信澤収さんの三角初華の美しいイラストと共に組むと結構楽しい。

 

『Blue World』 – Diggy-MO’

『PTOLEMY』 – Diggy-MO’

『GOD SONG』 – Diggy-MO’

『Kopernik』– SOUL'd OUT

『HOROSCOPE』 – ViRCAN DiMMER

Ruby Hooty Jack』 – ViRCAN DiMMER

『Zipsy』 – ViRCAN DiMMER

『黙示録 第一章 太陽と月』 – ViRCAN DiMMER

『黙示録 第二章 ラビリンス』 – ViRCAN DiMMER

『黙示録 第三章 牧羊神のカーニヴァル』 – ViRCAN DiMMER

『森のざわめき』 – ViRCAN DiMMER

『別離』 – ViRCAN DiMMER

『Twilight Connection』 – ViRCAN DiMMER

『黒のバースデイ』 – Ave Mujica

『素晴らしき世界 でも どこにもない場所』 – Ave Mujica

『Angles』 – Ave Mujica

『ふたつの月 〜Deep Into The Forest〜』 – Ave Mujica

『Choir ‘S’ Choir』 – Ave Mujica

『神さま、バカ』 – Ave Mujica

『Mas?uerade Rhapsody Re?uest』 – Ave Mujica

『Symbol I : △』 – Ave Mujica

『Symbol II : Air』 – Ave Mujica

『Symbol III : ▽』 – Ave Mujica

『Symbol IV : Earth』 – Ave Mujica

『Ether』 – Ave Mujica

『八芒星ダンス』 – Ave Mujica

『天球(そら)の Música』 – Ave Mujica

『DIVINE』 – Ave Mujica


以下、選曲の基準と時系列の意味について

 

ソロ期の素描/SOでの一曲

『Blue World』では、まだ「世界」は具体的で、生活と都市とブルースが混じり合った「青い世界」として提示される。そこにうっすらと天体・運命・スピリチュアルな視線が入り込み、地上の生活と上空の「何か」を結びつける視線が芽生えている。

 

『PTOLEMY』で、それが一段階抽象化される。プトレマイオスという名前をタイトルに掲げた時点で、地心説的な宇宙モデル=「古い世界の天球観」が、都市生活と同じ座標に引き寄せられている。

ラップはあくまでヒップホップの文法で進行しながら、背後には

円運動としての天/視点としての観測者/中心に立たされた「自分」

という三層構造が見え始める。そして、『GOD SONG』で、そのまま神学的なスケールにジャンプする。神や祈りの語彙がラップの比喩として使われるだけでなく、「音楽そのものが祈りであり、世界の構造そのものに触れてしまう」という感覚が、かなり露骨に前景化しているといっていいだろう。この三曲だけで、すでに現代都市の地平・古代〜中世的な宇宙モデル・神学/祈りとしての音楽が一続きの線上に置かれていて、まだバラバラではあるけれど「宇宙観の部品」はほぼ出揃っている。そこに SOUL’d OUT 側から『Kopernik』が入る。宇宙観としてみた時にSOは本作が一番、その核が出ている。コペルニクスは言うまでもなく地動説の人で、「プトレマイオス的な天球」をひっくり返した人物。

Diggy-MO’名義の『PTOLEMY』と SO 名義の『Kopernik』を並べると、「旧来の宇宙観と、それを書き換える視点」というモチーフが、楽曲の外側で外挿される形になる。

ここまでがソロ/SO 時代の宇宙観の素描と呼んでしまっていいだろう。

ViRCAN DiMMER の『HOROSCOPE』

表題曲『HOROSCOPE』は、そのまま「星占い=星図」。十二星座/黄道を背景に、MC が「十二の炎」を灯す主体として立つ。ここで星座は単なる占いではなく「人生の設計図」であり、「上に描かれた線」が、下で生きる人間の選択や偶然とどう交差してしまうのか、というテーマが提示される。

Ruby Hooty Jack』では、星図がそのまま「賭場」に落ちてくる。夜のギャンブルと酒場、破滅と高揚。運命を読み解く星図は、ここではチップやチケットの形をとってテーブルに落ちてくる。「運命=ギャンブル」観で、「ホロスコープで決まった線を、自分から引き寄せてしまう人間」の物語になっている。その末尾にちらっと名前が出る観測者が『Zipsy』で主役になる。その眠りと覚醒の狭間から、他人の人生を俯瞰し、星や水晶を連想させる言葉で「見えてしまうもの」を語る、ほぼ霊媒/占い師側の視点。
ここで初めて

Rubyの主人公=星図に踊らされる人/Zipsy=星図を読んでしまう人

という、観測者と被観測者の関係が明瞭になる。のちの Ave Mujica における「星図にはない場所」や「星図を読んで逸脱する人々」の原型が、ほぼそのままここにある。

そして「黙示録」三部作。

『黙示録 第一章 太陽と月』では、灼熱の太陽と冷たい月光の間に文明史が吊り下げられる。「宇宙の四元素」「第五の太陽」といった語が投げ込まれ、エンペドクレス的な四元素+何かという構造が、そのままラップ・イメージとして立ち上がる。終盤の「大宇宙の晩餐会」的なイメージまで含めて、これは後年の「大宇宙になる」のプロトタイプだと読んでいい。

『黙示録 第二章 ラビリンス』は、宇宙スケールから一転して都市/精神の迷宮へ。頭上には太陽と月があるはずなのに、雲に隠れて見えない。バス停で明日へのバスを待ち続ける、終わりのない近未来。神話的ラビュリントスと、現代の街角が同じ「ラビリンス」の名の下で重ねられている。

『黙示録 第三章 牧羊神のカーニヴァル』では、パンと葦笛が出てきて、自然宗教多神教側の終末感覚にスライドする。ここでの終わりは「審判のラッパ」ではなく「牧神と祝祭とカーニヴァル」。人と獣と音楽が入り混じり、夜に溶けていくような循環的終末で、一言でいえばアリ・アスター『ミッドサマー』(2019年)的な祝祭/更新儀礼に近い。

そして黙示録三部作を終えての『森のざわめき』はパンへの前振りとしての自然のクロースアップ。『別離』は二つの軌道が離れていく瞬間を、人間関係側で描いた曲。

ラストトラックの『Twilight Connection』は黄昏の中で、すべての線をもう一度つなぎ直す曲で、「星図として与えられた運命」ではなく、「歩いてきた軌跡そのものが自分の星座になる」という結論でアルバムを閉じる。ここまでが、Diggy-MO'宇宙観の「人間側に寄った総仕上げ」としての『HOROSCOPE』としてのトラック群。

Ave Mujica への橋渡し

ここから、器がSO・ViRCAN・ソロ期 から Ave Mujica にバトンタッチされる。

『黒のバースデイ』では、誕生と破滅、祝祭と呪いが一つの頭上に載る。

『素晴らしき世界 でも どこにもない場所』は、ハクスリー『すばらしい新世界』や伊藤計劃『ハーモニー』を想起させる「白い理想」を一度壊す曲。「唯一の光を目指すために壊せ」という方向性は、「幸福に見える白い世界を破壊してでも、本当の光に触れようとする」というテーマで、ここに「創造=白/破壊=黒」の構図が重なる。

『Angles』

『ふたつの月 〜Deep Into The Forest〜』

『Choir ‘S’ Choir』

『神さま、バカ』

『Mas?uerade Rhapsody Re?uest』

の五曲では

天使/堕天使

森と月

聖歌隊

神への反抗

仮面舞踏会

といったモチーフが出揃い、キリスト教・ゴシック・童話・カーニヴァルが混成した Ave Mujica の舞台装置がほぼ完成する。『HOROSCOPE』が星座と都市と人間ドラマを統合したように、ここでは「宗教・寓話・サブカル」が一つの劇場世界に折りたたまれている。

『ELEMENTS』という天球モデル

そして『ELEMENTS』の五曲。

『Symbol I : △』では、高速メタルの中で「火」と「上昇」が暴れ回る。

『Symbol II : Air』では、ジャズピアノとスウィングが「風」と「自己喪失」を運ぶ

『Symbol III : ▽』では、水と女性性、性の合一が、声とピアノだけのバラードとして凝縮

『Symbol IV : Earth』は、大地・母性・収穫の側から、世界を受け止め直す曲。

四曲で火・風・水・土が揃ったところに、

『Ether』が「月より下」と「月より上」を橋渡しする。

月より下=四元素が渦巻く生成消滅の世界

月より上=静寂の中でだけ輝く、真理としての光

一葉の銀河系=一枚の葉に圧縮された宇宙樹/セフィロト

という図式が、平易な日本語の歌詞の中に静かに折り畳まれている。
ラストで「自由になる → 調和 → 自由という概念の消失 → 宇宙へ還る」と進んでいく流れは、『HOROSCOPE』が人間ドラマのレベルで描いた「別離」や「黄昏の接続」を、
一段上の宇宙論レベルに引き上げ直したものだと読める。

ここまで来ると、

『HOROSCOPE』=星図と人間関係のアルバム

『ELEMENTS』=宇宙モデル(四元素+エーテル)のアルバム

という役割分担がかなりはっきりしてくる。

八芒星と天球の終着点

『八芒星ダンス』は、ELEMENTS で描かれた六芒星の先に出てきた「アップデート版の星形」として置くと分かりやすい。六芒星=上下の三角形(火と水)の合一による大宇宙。そこに八芒星が加わることで、

方位

羅針盤

新しい秩序

といったイメージが乗り、「合一された宇宙が、さらに動き出していく」印象が強くなる。だから六芒星で宇宙の構造を描ききったDiggy-MO'が、次のステップとして「運動する星図」を描こうとした結果としての八芒星、と捉えると自然。

『天球(そら)の Música』は、その名の通り musica mundana 的な「天球の音楽」そのものをタイトルに掲げた曲だ。天球が奏でる見えない音楽と、Mujicaが鳴らすバンドサウンドが重なり、三角初華というキャラクターの風貌・役割とDiggy-MO'本人のディスコグラフィーがきれいに重なってくる。

ここまで来ると、

『PTOLEMY』『Kopernik』で始まった宇宙観の話

『HOROSCOPE』で一度、人間ドラマに落とし込まれた宇宙論

『ELEMENTS』で四元素+エーテルとして再構成された世界

が、『天球のMúsica』でようやく「天球そのものの歌」として回収されるような構図になってくる。

最後に『DIVINE』がある。先の記事にも書いたが、タイトルがもうズルい。ここにおいて、神的・超越的・普遍的な何かを指すこの一語にまで、Diggy-MO'の宇宙観は到達してしまう。ここでは天球や星図を一度手放し、「神聖さ」そのものにフォーカスを当てることで、長年積み上げてきた宇宙論を、感覚と音楽のレベルで丸ごと飲み込んでしまうようなトラックになっている。

まとめ

『ELEMENTS』一本読みだけだと、どうしても

四元素+エーテル

六芒星/大宇宙

月より下/月より上

といったモチーフを、あの一枚の中で自己完結した世界観として読むしかない。

そこに

ソロ期の『Blue World』『PTOLEMY』『GOD SONG』

SO 時代の『Kopernik』

ViRCAN DiMMER『HOROSCOPE』一連

Ave Mujica のシングル群

『八芒星ダンス』『天球のMúsica』『DIVINE』

を縦に並べ直すと、見えてくるのはやはり、

「Ave Mujicaという企画にたまたま呼ばれた Diggy-MO'」ではなく、

ピュタゴラス的調和観

プトレマイオス的天球

コペルニクス的転回

黙示録とパン神とカーニヴァル

星図と人生

四元素とエーテル

六芒星と八芒星

天球の音楽と DIVINE

を二十年以上かけて反復してきた、一人のラッパー/ソングライターの宇宙譚となる。こうしてこのプレイリストを通していくと歌詞やモチーフを通じ、Diggy-MO' という一人の作り手の「頭の中の天球儀」がだいぶ立体像となってくると思います。

 

以後Ave Mujica楽曲の動き、気付きなどがありましたら随時更新します。