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Music Synopsis

音楽に思考の補助線を引く

【アーカイブ】『聲の形』「inner silence」上映会 トークイベント

本記事は、拙稿「劇場版『チェンソーマン レゼ篇』に見るアニメ作品における音響監督の重要性」の補助線として公開する資料篇です。

sai96i.hateblo.jp

2016年公開『聲の形』のBlu-ray特典音源「inner silence(以下、is)」をSAION仕様の音響環境で鳴らしたイベントにおける、中村伸一(当時音楽P)×牛尾憲輔(作曲)のトークを、検証可能性を優先してメモを頼りに、極力逐語寄りで記録したものです。

 


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イベント自体は少し前のものです。一部知り合いには全文を寄与していていたのですが、そもそも需要性の問題で当初Music Synopsisで出すかどうかも含めかなり迷っていたが、『レゼ篇』の音響監督における差分に至るサブテキストとして有効と判断し公開します。

本稿自体は評価や解釈を極力排し、一次情報の提示に徹します。方法論に関する私見・仮説(単位系と制作体制のミスマッチ)は本編に集約しています。


<本編>

中村
聲の形の公開が2016年 その翌年のBlu-rayの音声特典に収録されているのがinner silenceの初出。改めて時間がたって、坂本龍一のSAION音響でinner silenceが流れるというのはどうなんでしょうか?

牛尾
実は僕がやりたいといって開催させてもらった。こんなの(inner silence)ないじゃないですか?みたことも聞いたこともないじゃないですか
それを、おそらく日本一の音響で流せるというのは、素晴らしい体験になるだろうなと思いまして、イベント前の音響チェックをしたけど、とにかく凄い。
冒頭とか、スクリーンの奥に巨大なピアノのハンマーが動いているような。そのくらい素晴らしい音響体験になると思います。

中村
Inner silenceの話になる前に、牛尾さんにとって『聲の形』とは?

牛尾
最初にやった映画音楽作品。同時に、山田尚子監督と一緒に二人三脚で作って行ったが、商業映画で、大きな配給があってという作品にもかかわらず、すごくコンセプティヴでアーティスティックに作らせてもらえた。
これがあってののちの自分の10年だった。この作品で自分のやり方を見つけることができた。

中村
今、それから10年経って、ずっと山田監督とお仕事をされているわけですが、結局やっぱり『聲の形』がベースになっていますよね?

牛尾
そうですね。これが一つの単位系。その単位の前にある数字は変わるけど、やり方は一つこれが確立している。そしてこの単位自体も更新はされるけど基準になっているというのはその通り。

中村
あの時にこのような作り方をするというのは珍しいと思うのですが、どういった経緯で?

牛尾
逆に、初めてだったので、山田さん自体も『けいおん!』『たまこラブストーリー』をやってという時代。そしてシリーズに結びつかないという作品という意味では初めての作品であったため、お互いが無我夢中だった。
メタ的なことを狙ったのではなく、クリエイティヴの果てにこうなっている。大きな規模で公開される作品で、中村さんが僕のマネジメント会社に声をかけた時「2016年最大の話題作です」といってくれた。
それくらいの大きな期待を持った作品で、アーティストに根差した作り方をさせてくれたので、それがいいきっかけだった。初期衝動にあふれていた。作りたいから作っているというべきか。
やり方は稚拙かもしれないが、「これが作りたい」というのが自分と山田監督にはあった作品だったので。
いわゆる一般的な作り方としてメニュー表での指示表が一切なかった。例外的な「ゲーム音楽」などにおけるシーンの付け加えはあったが、基本的にはない。
山田監督が絵コンテ、自分が音楽、で色々作っていく間で五十〜八十曲になった。そしてそこにオーダーはない。書きたい曲を書いていた。
山田コンテと牛尾音楽が先にあった。自分は劇伴出身ではない。ソロの方向性でいけたのは珍しい。

中村
山田さんにとっても、音楽家と音楽スタジオで詰めて作るというのは初めてだったと思う。

牛尾
中村さんも、数多の作品を手掛けているが、こういった作り方は?

中村
一切ない。お二人のおオリジナルな作り方。

牛尾
楽家ってアニメの制作から映画に至るまで結構とざま。オーダー表があって作って納品するだけ。そういうのがなかったのもよかった。

中村
最初の一作としても密接な作り方をしたと。isというものが出てきた経緯、
まずはisについて

牛尾
isっていうのは効果音、セリフが一切ないもの。なので、始めてみるとストーリー分からないもしれないという意味ではハードコア。
じゃあ何がどういう、っていう感じって話になるんだけど、さっき言った、コンセプティヴで作った時の話で、パイロット音源を作っていた。
その時にバッハ《インヴェンション第1番 ハ長調 BWV 772》(以下、インヴェンション1番)に紐づいていたので、これを二時間分に解体して再構築して引き伸ばしたりして音響合成で1番をつくり、二時間分の音源をつくった。
そして「こうしたい」プレゼンをした。音響の鶴岡さんや山田監督も気に入ってくれてはいた。しかし流石に二時間ドローンなりっぱなしはないだろうということでなしになった。
流石にもう少しポップにしようという形でできたのが今公開している『聲の形』。そして円盤を出す時に自分はそんなつもりはなかったが、鶴岡さんや山田監督が「あのパイロット版はだすべきだ」と推していただけた。
そこまでやっていいのかなぁと思っていたら、まさかの収録という形になった。しかも5.1chのリニアPCM(音声をデジタル化する方式の一つで、圧縮せずに元の音声をそのまま記録する方式)では収録されている。ディスク容量をたくさん使うため、あれで使ったことで入らなかったものは結構あると思う笑。普通はMP3とかだから。だからis自体は、『聲の形』の剥き出しの部分と僕は捉えていますね。

中村
今日はちょっと珍しいものを見させてもらえると。

牛尾
今日来る人たちは猛者だと思うので。そんな珍しいものではないですけどね。ちょっとこれ見てみてください
これがInner silenceです(実物のプロジェクトファイル提示)

ちょっとオリジナルのisのコンセプトですが、バッハの「インヴェンション1番」を軸にしている。そしてこの曲は時間方向に3の展開に分けられる。アナリズムといいます。
この映画自体も3分割して、「インヴェンション1番」の音だけを使う曲がありました。それもサントラにinvで入っています。

inv(I.i)

inv(I.i)

  • provided courtesy of iTunes

実はisも三部構造になっています。pt1,pt2,pt3これがそれぞれ三部構成を表しています。これはプロダクションのレンダリングでまとまってしまっているんですけど、ノイズとしてピアノの音を貼っていたりしています。赤いところ緑のところ、青のところは絵に合わせてどういうことかっというのを作っています。絵をみて演奏して再構築して、と言った感じです。

 

ラスト、一番最後、文化祭に入るシーンですね。「インヴェンション1番」自体は主人公が校門に入るところで終わらせないといけない。だから、その後はライトバリーションがなっています。というのがこのisの全体像。おおよそ3500小節ですね。これを今日、面白かなと思って持ってきました。昔新千歳でライブでやったけど終わった後死ぬかと思いました。

 

中村
ちなみにis自体がドローンということで、他の作品の中ではきけない音楽かなと思いますけど作曲論としてはどういった?

牛尾
ドローンというのは通奏低音とは違うけど、ずっと持続音が続くことを指します。自分の楽しみで作っていたものとか、アーティストとしての音楽性にあることはあったけど、二時間というのはない。


実はこうしたドローンアンビエントなものは、今でこそ猫も杓子もやっていますけれど、あの時代には、メディアに縛られていたから、長くても八十分だった。その構造自体は新鮮でした。でも映画がそれを求めるなら必ず作らないといけない。

中村
メディアという部分で、時代によって出来ことが変わるわけですが、環境かわってどうなんでしょうか?

牛尾
でも、結構人っていう意味ではアンビエントとドローンというオーダーを受けることもある。その意味ではハードコアすぎるというの時代でもない。

中村
当時としては画期的だったと思います。個人史的にも。

牛尾
おっしゃる通りです。この規模の映画でできたことが得難いし、アンビエントというかドローンみたいなものが示唆するものって、前走的、目眩的。つまり瞑想的なもの。
でも『聲の形』はそうではない。明確に物語に紐づいている。

これが「誰」の「何の」ことなのかを意味している。お話に連動したドローンというのはものすごくレアケース。京アニの作画で感じるという意味では余計に。

中村
今日これからみる観客の見どころについて

牛尾
普段、ご覧になるアニメというのは効果音もセリフも全部あると思います。それに比べてはとても低刺激です。爆発音もないし、喋っている人から声がないからアテンションもいかない。

だからそれ話者以外のことに注意を向けることができます。だから第一にはめちゃくちゃ「作画」をみることです。あの、京アニが細かいことを描いているということがよくわかります。山田監督が、なぜこの世界で雲を絵が描かなかったのか?というのはヒントの一つではあるけど、全部なっていると気づけなかったりする。じゃあ硝子の涙は何色なんだろうとか、そういうものを見るという意味ではisはいい状態です。

 

二つ目は寝てしまうですね。いうて、映画一作なので、二時間九分、素晴らしい音響でこの空間、この座席で爆音でドローンを聞くなんてないと思うんです笑。僕もね、最初作っている時に、寝ちゃったりするんです。すごく気持ちいいので。それはそれでいい音響体験だと思います。

 

三つ目は、こっから129分を人生で一番考える時間にしてください。効果音もセリフもない。アニメという人が手を使って使うメディアにドローンがなるということはどういうことなのか?声が音が聞こえない女の子が出てくる作品に効果音も声もない。ドローンのみがなるってどういうことなんだろっていうのを思考する人生最大の129分にしてくれればいいと思います。『複製技術時代の芸術』という、ベンヤミンの名著がありますけれども、今、こうオーラと映画みたいなのあるじゃないですか?果たしてこれにオーラはないのでしょうか?ちょっと考えてみてください。

僕も答えはわからないですけど。ただ、これはすごく疲れるのでおすすめですけど頑張ってください。途中で寝てもいいと思います。

 

おわりに

セリフと効果音を徹底的に退け、バッハ《インヴェンション第1番》を約3,500小節規模に解体・再構築した inner silence は、いわゆるアート映画やカルト映画の様式に寄りかからず、純映像と音響の結合そのものをBlu-ray特典という器で、しかも5.1chというフォーマットで実現した点に決定的な意味がある。これを後押ししたのが音響監督・鶴岡陽太と監督・山田尚子であった事実をふまえるなら、自分の主張にあたる「鶴岡/名倉/山田尚子+牛尾」の黄金比は、少なくとも〈山田作品〉においては牛尾が必要条件に近く、むしろ完成された言語に近接しているというのは一段と補強される。

 

牛尾憲輔の言葉を借りれば「正解はない」。ただ、is が実在し成立してしまったこと、そして音が自我として前景化する牛尾の作曲言語の在り方を確かめたうえで、『チェンソーマン』における「最適」を語るべきである。inner silence 版『聲の形』という生の参照点を経由して各自の判断を更新する。本稿と資料篇は、そのための補助線である。

 

is収録版ー『聲の形Blu-ray

 

 

こぼれ話

因みに、完全にドジを踏んだ身として二次災害を防ぐため記載しますが、Blu-rayの特典で本編の音、台詞なしのinner silence版は収録されています。問題はそのis版の劇伴についてですが、これは「きゃにめ」を通して買うと特典として付属します。この話はこのイベントの最後に販促として謳われたものですが、会話の流れで、きゃにめ→ポニーキャニオンという文節を誤って誤読したけっか、「きゃにめ」はポニーキャニオンが直営している公式通販サイトで、ここ経由で買った人にだけ付く「きゃにめ限定特典(=inner silenceのCD2枚組)」が設定されています。なので、間違っても一般の流通でポニーキャニオン版を買っても、その特典CDは付きません。

 

Blu-rayディスクに収録されている音声トラック版の「inner silence」はどこで買っても入ってますが、外付けのCDセットが欲しいなら「きゃにめ」で注文するしかないという仕組みという二枚舌みたいな売り方なので決してドジを踏まないように。

というか別に自分が悪いというよりも伝達の仕方が悪いだけ。

普通に「きゃにめ」で買えばついてきます→あれ、「きゃにめ」ってポニーキャニオンでしたっけ?→ポニキャニだね、、って言われたら脳内の論理図式的には

(A=きゃにめ、A⊂C=ポニーキャニオン → 誤って「Cでも特典が付く」と一般化)

ってなるじゃないですか。こういうのを包含の誤投影っていうんです。

論理って難しい。

一般流通版のポニーキャニオンで買った私 vs 「きゃにめ」で買った友人。イベントの販促トークで耳に入った「ポニーキャニオン」の一語に安心して議論が迷子になり、正解は後者(きゃにめ限定)だと判明。悲しいです。

この記事を書きながら「きゃにめ=ポニーキャニオン直営」だと理解し、すべてを悟って三枚目の円盤を「きゃにめ」で無事購入

無事「きゃにめ」で再度『聲の形』の円盤を購入しました。これで3枚目です。

木漏れ日の一つでも欲しいものです。

canime.jp

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